2024年8月22日,ゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC 2024」で,セッション「物語を最後まで楽しんでもらうために〜FINAL FANTASY XVIにおけるロアサポート機能開発」が行われた。


 このセッションでは,「FINAL FANTASY XVI」(PlayStation 5 / PC。以下,FFXVI)に実装された「ロアサポート機能」について,企画から実現の流れ,直面した課題とその解決方法などが紹介された。スピーカーは,以下の2名である。

スクウェア・エニックス クリエイティブスタジオ3 ゲームデザイナー 青野百花氏 スクウェア・エニックス クリエイティブスタジオ3 プログラマー 山口修二氏


FFXVIにおけるロアサポート機能とは


 セッションの冒頭では,FFXVIにおける「ロア」が同タイトルの世界設定を示す用語であることが示され,それをサポートする3つの機能があらためて紹介された。まず「ヴィヴィアンレポート」は,ゲーム内の人物相関図と世界情勢図,そして情勢解説という機能を持つ。


 2つめの「ハルポクラテスの備忘録」はゲーム内の用語集で,ロアに関するさまざまな項目が,800ページ前後にわたって解説されている。また,各項目にアクセスしやすくなるような機能も備えている。


 3つめの「アクティブタイムロア」は,1ボタンでいつでも開くことができる用語確認のための専用メニューで,たとえばイベントシーンに出てきたキャラクターの名前や国名,用語などを確認できる。プレイヤーが迷うことのないよう,そのとき進行しているシーンに合わせた項目だけが表示されることも特徴となっている。



開発の始まり


 ロアサポート機能の企画の発端は,青野氏と山口氏がFFXVIチームに加入した2019年夏のこと。当時のFFXVIには,世界観やストーリーを説明するための要素が少なく,たとえばNPCの手紙やコンテンツを通じて一部のロアを知ることはできたが,それらを網羅するような専用機能はなかったという。


 しかし開発を進めていく過程で,ゲーム中に独特の単語が多く世界観やストーリーを理解することが難しい,それがひいてはプレイヤー体験を損ねてしまいかねないという課題が浮かび上がってきたそうだ。

プロローグの時点で4つの勢力が異なる動きをしており,人名や独自の用語も多数登場するため,すべてを把握しきれないプレイヤーが生じる可能性があった

 そのため,プロデューサーから「ロア用のUIがほしい」というオーダーがあったという。そこで,かつて別プロジェクトでロア用のUIを企画していた青野氏が,ロアサポート機能の担当となったとのこと。


コンセプト作り


 実際にロアサポート機能の検討が始まったのは,2020年夏だった。青野氏は,最初にロアサポート機能の目的を「メインストーリーを最後まで楽しんでほしい」と設定。その目的を達成するために発案したのが,上記のヴィヴィアンレポートとハルポクラテスの備忘録だった。


 ヴィヴィアンレポートのベースとなったのは,別プロジェクトで構想していた人物相関図と世界情勢図だった。まず世界情勢図にターゲットを絞り,世界史の教科書に掲載されているような地図を,Web上の地図のように動かそうと考えたという。さらにタイムスライダーを加え,時系列に沿って情勢を確認できるようにすることも考えていたという。


 また外観に関しては,FFXVIの世界観に準じて3Dで表現しようと当初は考えていたが,最終的には操作や見やすさの観点から2D表示のUIに決めたとのこと。


 ヴィヴィアンレポートのコアとなる時系列の表現も,当初は数枚の盤面を切り替えることを考えていたが,次第に描きたい盤面が増えていき,最終的にはタイムスライダー形式を採用したそうだ。

タイムスライダーによる時系列表現は,気象庁の地域気象観測システム(アメダス)を参考にしたことも明かされた

タイムスライダーはデフォルトで最新情勢を示しており,操作することによって過去を振り返る形式にした

タイムスライダーはさらに発展し,主人公・クライヴの少年期,青年期,壮年期を色分けするなどより分かりやすくなっていった

 そうやって構想が固まった世界情勢図だが,コストが高くなりそうだったため,青野氏は人物相関図の実現は難しいだろうと考えていたという。しかしクリエイティブディレクターの後押しもあって,結局人物相関図も作ることとなった。

 初期の人物相関図は,タブで世界情勢図と切り替えができるように,マップ上の各勢力の位置と各キャラクターの配置をリンクしたようなものを考えていたとのこと。
 しかしアーティストチームから提案された,「クライヴを中心とした同心円状に配置する」というアイデアのほうが,クライヴにフォーカスしたFFXVIのストーリーにマッチすると考え,変更。こうして,人物および地理情勢について時系列で振り返ることのできるヴィヴィアンレポートのコンセプトが固まっていった。


当初の世界情勢図の構想が,情勢解説動画に転用されたことも明かされた

 一方,ハルポクラテスの備忘録は当初,ヴィヴィアンレポートで扱わない用語や,ゲーム中に登場するドミナントや召喚獣などを説明するスタンダードな用語集を作ろうと考えていたという。
 しかしクリエイティブディレクターの「それだけでは面白くない」という意見により,コレクション要素やカテゴリー別ランダムオススメ機能,隠し項目といった遊び要素を入れることを考えた。
 とくにピックアップワードは,ニュースサイトを参考に,毎日異なる情報がピックアップされ,何度アクセスしても楽しいところに着目したアイデアだったとのこと。


 そうやって検討していくうち,ハルポクラテスの備忘録の全体のコンセプトを「集めて確認」と「調べて納得」を両軸としつつ,各機能ごとにコンセプトを決めることにしたそうだ。その結果,ハルポクラテスの備忘録の構想は「最強ゲーム内用語集(自称)」となっていった。


 ただ,ヴィヴィアンレポートとハルポクラテスの備忘録をコンセプトどおりのものに実現できたとしても,そもそもロアに関心のない人には届かない。そこで考案したのが3つめのロアサポート機能となる,アクティブタイムロアである。

 アクティブタイムロアは,いくつかのアイデアからコンセプトを膨らませていったとのこと。その1つめは「いつでもロアをチェックできること」で,ボタン1つで起動できるようにした。


 2つめのアイデアは「カットシーンポーズ」,すなわちカットシーンをポーズしてロア項目を確認できるようにすることを考えたという。しかしFFXVIはカットシーンを重視したタイトルであるため,没入感を保つために半透明状のUIを用い,「メニューが開いた感じ」を抑えることを念頭に置いたそうだ。


 3つめのアイデアは「カットシーン内でロア項目を集めること」。例えばアドベンチャーゲームの操作画面のように,カットシーン内で何かを調べたり,セリフに含まれた用語から追加情報を得られたりできるようにしようと考えたとのこと。
 ただ,カットシーン中にほかの遊びをさせたいわけではなく,そもそもFFXVIは字幕のオン / オフができるため相性がいいとは言えない。そこでセリフの中の用語ではなく,重要なキーワードをリストアップ表示する手法を考えた。


 4つめのアイデアは「リアルタイムで登場人物のことを知りたい」。それを実現するためには,カットシーンの再生中でもプレイヤーが求める情報が次々に変わっていくことに対応しなければならないため,上記のリストアップ表示のUIより,ワードクラウド型のUIのほうがマッチするのではないかと考えたという。


当初は人物相関図,世界情勢図,用語集の3つを1つのUIからアクセスすることを考えていたが,のちにヴィヴィアンとハルポクラテスがキャラクターとして独立したため,UIが分離したことも示された

 5つめのアイデアは「忙しい人向けのミニロアガイド」だ。アクティブタイムログでは,そのときに必要で,短く読みやすい端的な情報のみを提供することにした。これは,より詳細な情報を知りたければ,ヴィヴィアンレポートやハルポクラテスの備忘録を読んでもらうというアプローチである。

 そしてこれら5つのアイデアが,そのままアクティブタイムロアのコンセプトとなったとのこと。



実装・データ設計


 続いて,コンセプトをもとにロアサポート機能の中身やコンテンツ,必要な制御機能,UIの外観や挙動といった詳細仕様を詰めて,実現に向けてプログラマーやアーティストと相談していくことになる。

 とくに重要だったのがロア機能の中身・コンテンツを決めること,すなわち提供する遊びをしっかり練ることで,それによって必要な機能やリソースの規模が明確化していったという。


 また,詳細仕様を積めた段階で,ロア項目の総数が数百におよぶこと,その内容の更新が頻繁にあることや差分がかなり出そうなことが明らかだったので,それらを制御する機能が必要になることも予想できたそうだ。

 とくにアクティブタイムロアは,いつでも開けるという性質上,ロア項目を細かく更新していかなければならないため,ページを増やしたり追加の制御が必要になったりする。
 そこでアクティブタイムロアでは,UI上で表示される項目制御のためにカットシーンとゲームのシーケンス,そして現在地を区切りとして指定できるようにした。
 また,さらに細かな調整のために,セリフの発話タイミングやキャプションの表示タイミングも区切りに追加したという。こうすることで,カットシーン中であってもアクティブタイムロアの更新を実現したのである。


リスク回避のため工夫したことや,クオリティ維持のために自動化を断念したことも示された

 さて,以上のように仕様を詰めていったロアサポート機能をあらゆるプレイヤーの状況に対応させるには,細かいデータ設定が必要となる。その膨大な量のデータをいかにして効率的に作るかということも大きな課題だったが,そこで大きな役割を果たしたのがFFXVIコンテンツ製作に活用された社内ツール「NEX」だったと山口氏は語る。
 NEXのデータベース構築はプログラマーが行い,データ入力はプランナーが行うため,山口氏と青野氏はその使い勝手について何度も話し合いを重ねたとのこと。その結果,膨大なデータであっても1行見れば何が表示されるかを直感的にイメージできる構造を実現したという。


NEXには実装を効率化する機能もある

デバッグ機能も拡充された


UI実装


 ロアサポート機能のUI実装に関しては,複雑なものが多かったこともあり,コンセプトどおりにうまくいった部分とそうでなかった部分があったそうだ。うまくいった例としては,ヴィヴィアンレポートの盤面切り替え時に,アニメーションが入ることで時系列の変化が把握しやすくなったことなどが挙げられた。これはプログラマーと相談した結果,実現したものだという。


 その一方で,ヴィヴィアンレポートのUI作成は試行錯誤も多かったとのこと。その結果,一度は複雑になりかけたが,最初に固めたコンセプトに立ち返ることで,簡単操作で眺めているだけでも楽しくロアの理解を深められるものに仕上がった。またハルポクラテスの備忘録も,操作方法や見せ方の試行錯誤には時間がかかったそうだ。


 また,アクティブタイムロアのUI実装に関しては,試行錯誤が最も少なかったという。その理由は,最終的なゴールが見えやすかったことにあったと青野氏は振り返っていた。

金魚すくいのように,アクティブタイムロアでそのときどきのロア項目をすくっていくイメージ

アクティブタイムロアは,早い段階でコンセプトとビジュアルのプロトタイプが存在し,チームで共有しやすいものだったこともよかったとのこと


データ調整・QA


 実装が完了したら,次はデータの調整やQA(品質保証)のフェイズに入る。とくにQAに関しては実装したデータ量が膨大だったため,QAチームにギリギリまで開始を待ってもらったという。
 また,QAチームにはバグや不具合そのものだけでなく,意見や気になる部分についてもコメントをもらっていたとのこと。その中には,コスト的に見送った部分に対して「本当に仕様どおりか」という問い合わせもあり,それを受けて元々考えていた形に直した結果,クオリティが上がったこともあったそうだ。


 完全に解決できなかった課題としては,ローカライズ関連の仕様が挙げられた。
 FFXVIのシナリオは,まず日本語で書かれ,それを英語に翻訳したのち,再度日本語を調整するというフローで作成されたとのこと。その一方で,ロア項目などのテキストは日本語で書かれ,それを英語に翻訳するというフローだった。
 加えてボイス収録やモーションキャプチャなどの関係で,セリフの内容やタイミングが言語によって異なることも往々にして起こり得る。さらにFFXVIは11言語に対応していたため,アクティブタイムロアの表示タイミングを適正な形に調整することが難しかったという。


 また,1つの調整が影響する範囲が広いことも反省すべき点となった。すなわち,1つのロア項目を調整すると,関連する項目が多いために複数のUIや他言語に影響が及んでしまい,それぞれを調整しなければならなかったという。
 とくにネタバレに関わる部分の調整は,締切のギリギリまで対応していったそうだ。


 こうした課題に対しては,専用エディタなどを使った汎用的な仕組みや,データ作成の自動化などの効率化の仕組みを採り入れるという改善案が提示された。


アップデート対応


 FFXVI本編は無事マスターアップしたが,そのあともロアサポート機能の改良は続いた。それがDLC第1弾と同じタイミングのアップデートで追加された,ヴィヴィアンレポートの新機能「インナーボイス」である。
 この機能は,人物相関図上で各キャラクターがほかのキャラクターに対して抱いていた「心の声」を知れるというものである。


 実は当初,人物相関図にはキャラクターを選択すると「関係線」が伸び,そのキャラクターの人間関係を見ることができる「主観モード」の搭載を考えていたという。しかしコストなどを鑑みた結果,アップデートで追加することになったそうだ。


 しかし,わざわざアップデートで追加するからには,1つのコンテンツとして面白くなけれればならない。そのためコンセプトから考え直すこととなった。
 元々,主観モードは,「同じキャラクター同士でも,お互いに考えが違うことが分かる」という部分がチーム内で評価されていたり,FFXVI本編では描き切れなかった側面があったりしたことから,インナーボイスでは行間を補完することで各キャラクターをより好きになってもらおうと考えたという。


 そのため,主観モードの関係線を「心の声」に変更したり,テキスト表示エリアを吹き出しにしたりといったように,よりそれっぽくなるよう手を加えた。また,テキストや時系列を重視する形式となるため,データ構成やUIもそれに合わせて新たに作り直すこととなった。


 結果としてインナーボイスは当初の想定よりも大規模となったため,ほかの業務との兼ね合いから,いかに短い期間で開発するかが課題となったそうだ。その課題は,改良したNEXや,PS5の開発環境に含まれているリモートビューワーを活用することにより解決したとのこと。



チーム編成や,コロナ禍におけるリモートワーク中のコミュニケーションの取り方も紹介された

 セッションの最後には,今回の取り組みに対して,山口氏がプログラマーの立場から「クリエイターのこだわりを実現するために素早く実装し,検証できる環境を提供することが重要」とし,専用エディタなどを用意して効率的なワークフローを確立することの必要性を説いた。
 今回は人員と期間が限られていたため,そこまでは叶わなかったそうだが,それでも企画や仕様の意図を理解し,開発環境の使いやすさを最大限に,後戻りを最小限にすることで,クリエイターに寄り添った開発ができたと語った。

 青野氏はゲームデザイナーの立場から,今までなかった新しいコンテンツで手本となるものがないからこそ,「最初にしっかりコンセプトを練り,それを目指すべきゴールとしてチームに伝えていくこと」の重要性を語った。
 試行錯誤の繰り返しや魅力的なアイデアの登場,方針・担当者の変更などによって方向性を見失うこともあるが,最初のコンセプトに立ち返ることで,再び達成したいゴールを目指せるという。また,担当者として企画や仕様の細部まで把握して設計し,最後まで責任を持つことも重要であると語っていた。


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