ゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC 2024」の初日(2024年8月21日),スマホゲーム「学園アイドルマスター」(iOS / Android。以下,学マス)に関する講演「神は細部に宿る!『学園アイドルマスター』のこだわり抜いた3Dキャラクター・背景制作」が行われた。

 本講演は,学マスにおけるキャラクターや背景の3D制作事例を紹介するもので,“ソロライブ”に重点を置いた本作が,キャラクターモデルをどのように作り込み,表現してきたのか。また,リアルライブのように臨場感のあるステージをどのように実現してきたのかが解説された。


 講演者は,QualiArtsでデザイナー・3Dディレクターを勤める杉村貴之氏と,テクニカルアーティストの見原朋也氏の2人。

 本稿では,基本的なコンセプトから技術的な方法まで,キャラクターの魅力を高める工夫が語られたセッションの様子をレポートする。

左からテクニカルアーティストの見原氏,デザイナーの杉村氏

 手始めに学マスのデモ映像が流れされたあと,デザイナーの杉村氏が「3Dビジュアルコンセプトとレンダリング」の概要を語った。

 ビジュアルは「みずみずしさ」をキーワードとし,生命力や躍動感を与えられる“モバイル3D美少女の最高クオリティ”を目指したとのこと。また,複数人ステージと比べると絵的に地味になりがちなソロライブ形式において,キャラクター1体のクオリティを最大級に高めて実存感を増すことで,臨場感のあるライブ作りにつなげてきたそうだ。


 実行環境やレンダリングは以下のスライドのとおりで,画面のシーンには約100万ポリゴンが使用されている。キャラクターモデルではさまざまなライティングの活用,毛髪・肌表現の品質向上,さらに身体や衣装の造形も作り込み,表情の豊かさや魅力の増幅を狙ったという。


 メッシュでは約6万ポリゴンをキャラクターに使用している。なかでも髪や顔など頭部のみで半分近くのリソースを割いている。コンソールゲーム機では数十万ポリゴンを使うのが当たり前の時代になったが,現場では依然として,無駄がないように気を使う必要があるそうだ。

 また,骨(ボーン)も1キャラクターで計300以上を使用している。


 陰影を制御するキャラライティングでは,ライトだけでなく環境テクスチャも含み,「トゥーン陰影用メインライト」「加算ライト」「リムライト」「スペキュラ CubeMapテクスチャ」「スペキュラ 質感ランプテクスチャ」の5種類を使用しているとする。

 メインライトはあえて暗くし,加算ライトを複数使うことで柔らかい光も表現できるとのこと。また質感出しの主役はスペキュラだという。


 シェーダ・マテリアル・テクスチャの細かい仕様は以下のスライドのとおりだが,キャラクター1体あたりにシェーダ9種類,マテリアル9〜11種類,テクスチャ8種類が利用されている。

 陰影の出方や質感は「Defテクスチャ」によって描き分けられており,実際にさまざまな衣装の質感が演出されていることを確認できた。


 加えて「陰影ランプ」による肌などの質感向上。「質感ランプ」による服の質感の実装。前髪からの目の透け表現にシェーダを利用するなど,説明は駆け足ながらも,キャラクターのクオリティがどんどん高まっていくのが分かるビフォーアフター画像が披露されていった。

 なかでも「汗や髪の乱れ」をきっちりと再現することが,ライブシーンなどでの臨場感を高めるのに一役買っているそうだ。


 続いて見原氏から,「キャラクターモデルのフェイシャル(表情)」について語られていった。

 豊富なフェイシャル表現は「骨」「ブレンドシェイプ」「デカール」「MotionEffect」の4つの要素から構成されている。
 骨は瞳の目線アニメーションと舌のアニメーションに使われており,瞳は単純な回転の一方,舌は移動・回転・スケールも開放され,自由に動かすことができる。ブレンドシェイプはメッシュごとの処理になるので形状処理のコストが高いが,GraphicsBufferを使ってスキニングを独自実装することで,その問題を回避しているそうだ。


 デカールはチークや青ざめの表現に使われている。基本はUnityの標準のプロジェクターだが,アニメーション制御などの対応できない点については,一部を改変して利用しているという。デカールそのものは表情だけでなく,背景などにも多用していると述べられた。

 また,MotionEffectは“ぐるぐる目”などの特殊な表現を用いるために作成されたもので,モーションアセット側でPrefabの生成と,Materialに設定されたテクスチャを差し替える仕組みとなっている。
 仕様は以下のとおり。これの存在により,アニメーターはとくに意識せずとも違和感のない表現を追求できるようになったという。


 さらにブレンドシェイプを使って,見える角度ごとに顔の形状を修正して,より魅力的に見える絵作りをしていることにも触れられた。

 これはいわゆる“鼻ポチ”と呼ばれる,キャラクターを正面に捉えたときに表示される鼻のメッシュ調整にも応用されていて,横から見るときは悪目立ちしないようメッシュを後ろに下げる仕組み……とのことだ。


 このあとはスピーカーがまた杉村氏に戻り,「キャラクターモデルのこだわりと工夫」の話題に移った。

 まずキャラクターの身体造形については,テンプレートを使い回すのではなく“個々の人物ごとに固有の形”で作成されている。筋肉・脂肪の量などはアイドルごとの設定に基づいて調節しているそうだ。
 全体のボリュームはもちろん,部位によって造形の個性をつけ,胸部やふくらはぎのシルエットにも違いを持たせているというから驚く。


 見栄えに直結するテクスチャの描き分けも行われている。腹部や内転筋などの部位に存在感を付加することで,ライブ時の一層のリアリティ向上に寄与させているという。ただし,リアルすぎるのもよくないため,適度にアニメ的なウソの表現を加えるのも重要だと語っていた。


 造形については毛髪の表現にとくにこだわり,毛先の「抜き」に着目。十分と思える状態からもう一歩,細く長く手がけている。おくれ髪やほつれ髪も1本1本をきちんと作成し,“動かない宝の持ち腐れ状況”を回避すべく,揺れ骨も惜しみなく入れる大盤振る舞いをしているそうだ。

 もちろん衣装の造形も手を抜かず,「生きた人間が実際に着ている」を目指すべく,シワを描き,素材感を出し,縫い目も用意するなどして,“説得力”を生み出す調節を繰り返し行ってきたという。

 実際,その効果はスライドでも確認できたが,ダボついたボリューム感のある衣装は,落とし込む難度も高かったと振り返っていた。


 「揺れ」に関しても強いこだわりを発揮している。衣装に揺れ骨を入れるのはもちろん,皮膚の揺れも実装すべくスライド骨を配置した……ものの,最初は思ったとおりに動いてくれなかったそうな。

 力がより発生しやすいのは上下の移動なので,そのまま動かすと揺れが見えにくくなる。そのため,縦の力を横の力に変換することで,理想に近い揺れ方を生み出した。さらに「風システム」という,横風で髪や服装を意図的に揺らす仕組みも作ってしまった。本当に妥協がない。


 ライブの観客もまた追求対象だ。見原氏によると,群衆は大きく分けて「ローポリモデル」「群衆システム」で制作されている。前者は約3000ポリゴン,後者は500〜1000ポリゴンと違いがあるが,ここでは数が必要か,拡大時の質が必要かなど,要求ごとに切り替えているらしい。

 群衆システムのほうはComputeShaderで処理してるので,1万人程度の観客なら高速かつ低負荷で描画できるところが強みだそうだ。


 最後に杉村氏は,「リアルライブらしいステージ表現」について解説した。学マスではステージ機材やカメラスタッフなどの表現を盛り込んだだけでなく,実際にライブチームがそれらを配置し,そのうえでモデルチームが機材をつなぐ配線まで再現するという手間をかけたようだ。


 次いでポストエフェクトなどに触れたあと杉山氏は,キャラクターモデル1体へのリソースの集中をはじめ,揺れへのこだわりによる生命感の演出,アイドルたちをあえて共通化した作りにしないという個性の描き方,そして顔が見える観客を相手にリアルな機材を用いて作り上げるライブステージを演出することで,「アイドル1人1人の個性や感動,成長をビジュアルに込めることができたのではないか」と締めくくった。

 セッションのタイトルに含まれる「神は細部に宿る」という言葉に偽りなし。密度の高さをしっかりと感じさせてくれる講演であった。


 “キャラクターに力を入れる”作品は決して少なくないが,学マスのように顔が見えないモブキャラクターや,単なる道具である機材にまで手を抜かないというのは純粋に,並大抵の姿勢ではないと感じる。

 こうした作品作りに影響を受け,これらの手法を実行に移し,実際に描ききれるゲームが増えていくと,ゲームのリアリティの新たな1ページがまた開いていくのかもしれない。


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