次世代電池の一つ「全樹脂電池」を開発中のスタートアップ、APB(福井県越前市)が経営破綻の危機にひんしている。メインバンクである北国フィナンシャルホールディングス(FHD)傘下の投資子会社が、東京地裁にAPBの会社更生法適用を申請し、その後取り下げるなど、経営権を巡る争いで混乱が続いている。資金繰りが悪化していたことが背景と見られる。
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APBの創業者は元日産自動車の技術者で、世界初の量産電気自動車(EV)「リーフ」の車載用電池を開発した堀江英明氏。2024年夏に解任され、現在は経営権を巡って係争中だ。APBは23年に北国FHD傘下の投資会社QRインベストメント(金沢市)から12億円を調達し、量産に向けて準備を進めていたところだった。堀江氏は「創業者の私が代表者であることが融資の条件という株主間契約を結んでいた」と話す。その言葉通りであれば、経営陣の交代で追加融資が止まったと考えられる。更生法申請について、堀江氏は「直接関係していないので、コメントできない」としている。
APBの経営権を巡っては、株式の3割強を保有する筆頭株主のTRIPLE-1(トリプルワン、福岡市)出身の取締役が代表権を主張している。トリプルワンは半導体開発のスタートアップで、これまで仮想通貨のマイニング(採掘)に使うチップなどを手掛けてきた。
突然解任された創業者
堀江氏によると、突然の交代劇が起きたのは6月末、東京都内のシェアオフィスで行われた取締役会でだった。当日の議題である決算報告を終えた後、議長である堀江氏が閉会宣言をした時のことだ。トリプルワン副社長の大島麿礼氏が「まだ終わっていない」と発言。オンライン会議での参加者も含めて取締役会を再開し、議長の交代について提起したという。
「当初から不穏な動きがあったため、あらかじめ弁護士を同席させていた」という堀江氏は、取締役会の正当性を確保するため、大島氏の横で弁護士と共に「取締役会は終わっている」と叫び続けたという。だが最終的に、取締役5人のうちトリプルワン出身者を含めた3人の支持を得て、代表交代に賛同が得られた。
大島氏は株主総会を経て、APBの代表に就任した。これに対し、堀江氏は正式な取締役会と株主総会を経ていないとして、取締役3人を相手方として、福井地裁に役員の地位を確認する仮処分の申し立てを行った。現在は、最高裁で審議中だ。経営権を巡る係争や経緯について、トリプルワンからコメントは得られなかった。
APBは株主が変わるなかで、以前から火種をくすぶらせていた。堀江氏は日産を辞めた後の18年にAPBを創業した。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業に指定され、資金援助を受けながら量産を目指していた。19年には化学メーカーの三洋化成工業から44%の出資を受け、福井県越前市に新工場を設立して共同研究を始めた。
だが、堀江氏によるとAPBに出資を決めた当時の社長が交代した後、量産準備に遅れが出始めたという。「低コスト・高速度の製造技術の実現を目指していたが、三洋化成との間で製造方法を巡る意見対立が度々生じた」(堀江氏)。APBでの代表取締役の地位保全を巡って裁判を2度行ったが、いずれも堀江氏が勝訴。三洋化成はその後、APB株の大半をトリプルワンに売却した。
堀江氏は「トリプルワンは半導体技術などに出資をしている会社だが、技術が分かる人はいないようだ。43億円の資金をAPBに入れるとの約束も事前にしていたが、一向に何も実行されることもない。実態が不明な会社に株を引き渡してしまったことは、私の責任だ」と話す。
車載電池実用化の立役者が創業
複数の会社が有望と見て出資した全樹脂電池とは、どのような技術なのか。全樹脂電池は、従来のリチウムイオン電池とは全く異なる構造で、電極に金属を使わない次世代電池の一つだ。正極・負極いずれも樹脂製で、電解液もゲル状の樹脂になっている。
効率的に電気を取り出せるうえ、ポリマー製なので安全性が高い。ジャムのように樹脂を塗り重ねる製造工程となるため、簡素な装置で実現できるのが特徴だ。既存の電池の課題であるエネルギー密度や安全問題、製造コストなどを解決するとしている。
堀江氏は大学院卒業後、日産で電池の研究開発に携わっていた。現在では当たり前となっている、複数電池を回路と組み合わせて大型電池を制御する新たなアイデアを1991年に着想。ソニー(現ソニーグループ)が世界初のリチウムイオン電池を開発したという記事を見たことがきっかけで、ソニー・日産のEV用電池の共同開発につなげた。回路と組み合わせるアイデアが奏功し、日産は96年に車載電池の実用化に成功した。日産が世界初の量産EV「リーフ」を出したのは2010年だ。
「全樹脂電池の研究を日産でも続け、カルロス・ゴーン元会長に提案したこともあった」という。日産が18年には電池事業を売却したため、研究開発を継続するのが難しいと判断して独立した。
世界のエネルギー需要が増大するなか、既存のリチウムイオン電池の延長では金属資源に限りがあり、持続可能性が低い。電池材料の再利用のしやすさも踏まえると、全樹脂電池が次世代電池になり得ると見定めてAPBを創業した。
堀江氏は技術の海外流出を懸念
トリプルワン出身の大島氏がAPB代表に就いていることで、堀江氏が懸念するのが技術の海外流出だ。23年ごろから、大島氏は堀江氏に対して中国企業との業務提携を度々提案してきたという。「中国の電池メーカーが開発した電池をAPBで造れないか」「全樹脂電池の技術情報について質問が他社から来た」などとの問い合わせがあったという。
あるAPBの関係者は「大島氏とのメールのやり取りには中国企業と見られる会社に全樹脂電池の技術情報を流したり、提携に向けて中国企業とNDA(秘密保持契約)を結んだりした内容があった」と証言する。堀江氏は懸念点の一つとして「(現経営陣が)全樹脂電池の技術を中国企業に売りかねない」と主張する。
代表交代後、堀江氏は「すぐに社用メールの利用が止まり、約60人の社員とコミュニケーションが取れなくなった」。堀江氏は将来的に退任した後のことを見据えて、全樹脂電池の特許をあらかじめ会社に帰属させたため、個人で開発を再開する方法を採ることも難しい。「今回のように技術の価値が分からない人の手に渡るような事態は想定していなかった。わなにかかったと言われても仕方ない」と悔いる。
裁判所が更生手続きの開始決定をした場合、経営権は管財人へと移る。そして新たなスポンサーが見つかれば、その監督下で経営再建を探ることになる。
リチウムイオン電池は基礎研究や市場投入の段階では日本が先行した技術だった。だが、今では中韓勢が車載用をはじめとする電池市場を席巻し、日本は後塵(こうじん)を拝している。全樹脂電池も日本発の技術だが、経営権を巡る争いで経営が混乱し、量産に向けた道筋は見通せない。有望な技術の芽を生かすことはまだできるのか。今後のAPBの行く末が注目される。
(日経ビジネス 薬文江)
[日経ビジネス電子版 2024年11月25日の記事を再構成]
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