介護を「社員の課題」から「会社の課題」に変えるには長い時間を要する。担当者の熱意と、それを力強く支える経営層のバックアップが不可欠だ。介護支援は社員と会社の関係性をアップデートする好機でもある。
「介護は個人の問題」という意識が強い社会で過ごしてきた社員の意識を「会社に相談して共有しよう」に変えるために必要なのは、まず、時間だ。
2012年から支援策強化に手を打ち始めたテルモの玉手順子コーポレートアフェアーズ部長代理は、セミナーや相談会の開催のほか、コラムの発信などで積み重ねてきた取り組みに、最近やっと手応えを感じるようになったという。実に10年以上の歳月が流れた。
「介護の当事者が中心だった介護セミナーの参加者が、23年末に開催した会から変わり始めた。若手からシニア層までたくさん参加してくれるようになったのを見た時、社内に『自分は介護とどう向き合うか』という当事者意識が浸透してきたんだなと思った」
10年かかってもぶれない忍耐
介護に関する個別相談会を18年に始めたコマツ。「最近になって1月10枠がすぐ埋まるようになった」(人事部ダイバーシティ&インクルージョン推進室の石田泰大室長)。新型コロナウイルス禍以降オンライン相談を導入したことや告知方法を工夫したことなどが実を結びつつある。
16年、介護に直面した社員へのサポートが中心だった支援体制を、事前の啓発にも広げたパナソニックホールディングス(HD)。同社は経済産業省が「仕事と介護の両立支援に関する先進企業」の事例として取り上げるほど充実した施策をそろえてきた。それでも道のりはまだ半ばだ。
支援を始める前の15年、30歳以上の社員を対象にアンケート調査を行ったところ、仕事と介護の両立に不安を感じている社員は約9割だった。そして直近の調査でもまだ約8割が不安を抱いているのだという。
「介護の事前準備が『なし』の人が1割程度減る、社内に自発的に情報交換するコミュニティーができるなど、良い方向にマインドセットが変わっていることに手応えはある。劇的に変化するものではないと認識している」と、戦略人事部戦略企画課の岩井友氏は語る。
働き手の意識を変えるには長い時間が必要で、成果が簡単には数字に表れない。法人向け介護離職予防サービスなどを手掛けるパソナライフケア(東京・港)の継枝綾子ライフソリューションプロジェクトシニアマネージャーは「担当者は同じ情報の提供を毎回繰り返す忍耐が必要」と指摘する。
社員が振り向くまで根気よく続けることを前提として、各社の担当者に社員の興味・関心を高める具体的な方法を聞いてみた。
まずは介護セミナーから。社員の意識を変える大きなステップで、昼休みや就業時間後などに行うことが多い。自由時間を削っただけのことはあった、と思わせる話をしてくれる講師をどう探すのか。
社員の心のハードルを下げる
多かった回答は、担当者が社外イベントに足を運び、自ら話を聞いて講演者を決めるというものだ。「最初は何から始めるのがいいのかも分からず、とにかく色々な講演を聞きに行った。その中で目からうろこが落ちる話をしてくれる講師と出会い、『この人だ!』とセミナーを依頼した」(テルモの脇田亜希子コーポレートアフェアーズマネージャー)
東洋エンジニアリングの芳澤雅之副社長は「ラジオを聞いていた妻が、ゲストの介護専門家の話が面白かったと教えてくれた」と振り返る。ネット配信されていた番組を聞き、「(話の内容に)感激してすぐに協力を頼んだ」という。
セミナーや個別相談会を社内にどうアピールするかも大きな課題だ。介護支援策は他のイベントと同様に大抵は各社の社内サイトで告知されるが、「介護に興味を持ってもらう切り口をつくるのが難しい」「掲示板に載せただけでは誰も見てくれない」というのが担当者共通の悩みだ。
コマツのやり方はひと味違う。社内サイトで個別相談会の紹介を見ると「【満席】9/19(木)」「【残1枠】10/23(水)」と、フォントや色を変えて目立たせている。人気歌手のコンサートの残席告知みたいだ。ちょっとした工夫だが、それだけで多くの社員が相談会を利用している実態が伝わり、相談するかしないか迷っている人の心のハードルは下がるに違いない。
「以前は硬めの言葉で告知していたが、21年からはキャッチーな言葉を使ったり、目に入りやすいレイアウトを考えたりしている。『これは何だろう』と思ってもらうのが大切」(人事部ダイバーシティ&インクルージョン推進室の小山恭子氏)
社員が働きながら適切な公的支援にいち早く頼れるようにするためには、国と社内の制度と支援の両方に精通した橋渡し役がいれば心強い。パソナグループが人事部の配下に置いた「ワークライフファシリテーター」はその一例だ。現在は9人いる。
キャリアコンサルタントの国家資格を取得し、さらに介護や育児、マネープランなどについて学んだ人材だ。「介護とキャリアの両面から相談に乗ってくれるので、安心感がある」(同社社員)と好評。育児なども含めた全体の相談件数は23年の年間で約3000件に達した。
細川明子執行役員HR本部副本部長は「一概に介護といっても、社員によって事例は非常に幅広い。ファシリテーターは介護と両立したキャリア構築や休み、体調面まで相談に乗っている」と語る。
個別の介護相談などを経て公的介護サービスを利用すると決意した社員にとって、次に壁となるのは、支援側の窓口となるケアマネジャー(ケアマネ)とのサービス担当者会議だ。会社組織に例えると、ケアマネは介護分野の担当部長としてヘルパーなどの実動部隊を取り仕切る。利用者は社長だ。そこで必要なのは、自分は親に対してこんな介護をしてほしいとケアマネに「経営方針」を示すこと。
だが、担当者会議では介護保険制度の耳慣れない用語が出てくるし、「勤務先の支援策は」と聞かれても頭に入っていない。そして何より、人生で初めての親の介護についてイメージを的確に伝えるのは難しい。
そこで、ケアマネに相談するための面談シートを用意したのが大成建設だ。記入して渡せば自分の介護の知識レベル、会社の支援制度、「こういう考えで、費用はこの程度でやりたい」という考え方を、ケアマネに伝えられる。さらに同社は、ケアマネとの面談のような短時間で済む用件のために、1時間単位で休める仕組みを導入した。利用者は着実に増えているという。
担当者が一歩踏み込めるか
こうした事例から浮かび上がるのは、支援制度を社員が使う気になるには、担当するスタッフが「介護離職を避けて、働き続けてほしい」と、熱意を持っていることの重要性だ。社員が直面する介護という難題に、企業がどう向き合うのかというスタンスが問われる。
苦悩する社員と接する際にも、対応の分かれ目がある。例えば、介護は極力自分でやらないほうがいいとはいえ、最終的には社員個人が決めることだ。自ら介護するか公的サービスに頼るか悩む社員に対して、会社の人事スタッフはどこまで踏み込むべきか。
「色々な選択肢がありますので自分で決めてください」と、業務として正しく、かつ自分にストレスがかからない範囲にとどめるか。それとも「ご自身での介護も選択肢ではありますが、個人的には自分で介護することはお勧めしません、なぜならば……」と、あえて一歩踏み込むか。
無論、前者も仕事としての責任は果たしている。だが「結局は自己責任か」と相談する側に思わせたのでは、「会社は介護するあなたを支えて、働き続けてほしいと思っています」というメッセージは伝わらないだろう。
「休んで介護したいと言ってくる方はだいたいパニックに陥っているので、『介護休業はあなたが介護するためのものではないですよ、もしそうなら93日じゃ足りません』と言い切る。しっかり働いて経済的に支援できる状態をつくるために、家族で話し合って体制を固める期間と考えてくださいと伝える」(再春館製薬所の稲冨修一郎・人財部労務・戦略人事マネージャー)
「介護離職はスタンダードな選択肢ではない。そう言うとちょっと言葉がきついかなとは思いながらも、離職を回避できる他の選択肢はないか一緒に寄り添って考えることを基本にしたい」(前出のテルモ・脇田氏)
支援を担う現場スタッフが一歩踏み込むことで、社員の気持ちも動く。そして現場が腹を決めて踏み込むために決定的に重要なのは、経営層のバックアップだ。役員陣が介護支援を経営課題と認識し、後押ししてくれるとなれば、大胆な施策も打てるようになる。
(日経ビジネス 山中浩之、馬塲貴子)
[日経ビジネス電子版 2024年11月19日の記事を再構成]
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