「僕らが(任天堂に訴訟で)負けちゃったら、誰がどうやってゲームをつくればいいのか。(任天堂は多くの特許を有しているのに)たまたま僕らが標的になってしまった」
「Palworld(パルワールド)」開発元のポケットペア(東京・品川)のある従業員はそう強調した。
ポケットペアは11月8日、任天堂とポケモン(東京・港)から提起されている特許権侵害訴訟について詳細を一部公開した。ポケットペアが1月に発売したパルワールドは、生き物「パル」が暮らす世界を舞台としたゲーム。世界中で人気を博した一方、任天堂とポケモンから「複数の特許権を侵害している」として訴訟を起こされていた。
訴訟で際立つのは任天堂の「特許網」構築の速さだ。
ポケットペアによれば、争点となっている特許権は3つある。これらの特許が登録されたのは2024年の5〜8月。パルワールドが発売された1月19日から数えて、任天堂はおよそ7カ月で3つの特許を用意したことになる。特許に詳しい弁理士法人シアラシア代表弁理士の嵐田亮氏は「動きが速い。知的財産訴訟のノウハウが蓄積されているのだろう」と評する。
任天堂の最初のアクションは2月6日。パルワールド発売からわずか18日後には既に、訴訟の対象にした特許のうち2つの「親」に当たる特許の審査請求を始めていた。以降も立て続けに複数の特許で審査請求を開始。通常は1年ほどかかる審査を特別な条件下で1カ月程度に縮められる「スーパー早期審査」制度も使い、訴訟に向けた特許網を素早く構築した。
パルワールドの発売後に任天堂が特許を登録するのは後出しじゃんけんにも見えるが、実際は異なる。任天堂は、パルワールドの発売前に登録していた親の特許を、部分的に「子」として切り出す形で特許を申請しているからだ。子の特許の内容はもともと親に含まれていたものなので、効力も親と同じタイミングで発生する。後出しには当たらない。
任天堂は、親の特許には余計な文言があり、そのままでは特許権侵害を主張できなかったため、必要な部分だけを子として切り出して訴訟に及んだと見られる。特許をめぐる訴訟ではごく一般的なやり方だとされる。これらを含めて、他社の特許を侵害しないか事前に調べることを「侵害予防調査」といい、これは「ゲームに限らずどんな業界でも常識的に求められるもの」(嵐田氏)だ。
任天堂は米国でも訴訟の準備を進めているもようだ。類似の特許の審査を進めており、一部は登録に至ると見られる。ポケットペア関係者によれば、パルワールドの日本の売り上げは1割に満たず、米国や中国を中心とする海外で人気が高い。特許は成立した国内でしか有効ではないため、米国で販売を差し止めるには、原則として米国の特許権が必要だ。
任天堂は「訴訟に関わる事項は回答を差し控える」とコメントした。
「改造ゲーム」がポケットペアを救うか
高速で複数の特許をそろえた任天堂。しかし訴訟の行方はわからない。実は、ある「改造ゲーム」の存在がポケットペアに味方する可能性がある。
その1つが「グランド・セフト・オート(GTA)5 ポケモン MOD」だ。これは米テイクツー・インタラクティブ・ソフトウエアの子会社がつくったアクションゲーム「GTA5」を、ユーザーが個人的にポケモン風に改造したもの。フィールド上を歩く人間に、ポケモンを捕まえる道具「モンスターボール」風の道具をぶつけると捕まえられるようになっている。
この一連の動作は任天堂が訴訟に用いている特許で実現するものの1つと似ている。16年ごろ公開されたものであり、任天堂の特許より数年早い。裁判所や特許庁が仮にこの「GTA5 ポケモンMOD」を先行事例と認めた場合、任天堂が訴訟に用いた特許の1つは「無効」と判断されることになる。実際、嵐田弁理士はGTA5 ポケモンMODが「先行事例として認められる可能性はゼロではない」と見る。
特許の審査において、先行事例が全て確認できるわけではない。実際、今回の特許の審査過程を見ると、サバイバルゲーム「ARK: Survival Evolved(アーク: サバイバルエボルブド)」などメジャーなタイトルとの差異は確認されているものの、改造ゲームやインディーゲームまでは言及されていないもようだ。
団体トップ「任天堂は特許ゴロではない」
迅速かつ唐突と受け止められた、任天堂のポケットペア提訴。冒頭のポケットペア関係者を筆頭に、業界の一部からは批判の声も上がった。
「任天堂は『特許ゴロ(ごろつき)』ではないか」「特許を大量に持つ大手がこのように動くと、インディー(個人開発)文化が育たない」。9月、東京ゲームショウを訪れた人物たちも、そう憤った。訴訟を受けてポケットペアがX(旧ツイッター)で「インディーゲーム開発者が自由な発想を妨げられ萎縮することがないよう、最善を尽くす」と表明した際も、英語圏を中心に、任天堂を批判する声があった。
任天堂の訴訟は、インディーゲーム開発の障壁を高くするのか。有識者の見解は異なる。
「今回のケースは例外的。任天堂が今後も訴訟を繰り返して特許ゴロ化するとは考えにくい」。あるゲーム団体のトップはそう分析する。業界では名の知れた人物であり、匿名を条件として取材に答えた。
このトップがそう言い切るのは、任天堂はむしろインディーゲーム支援の旗振り役だからだ。インディーゲーム市場はもともとパソコン向けゲーム販売プラットフォームの「Steam」がけん引してきたが、任天堂が同社ゲーム機「ニンテンドースイッチ」をインディーに開放したことで、市場が急拡大したという。
任天堂は東京ゲームショウのインディーゲームコーナーのプラチナスポンサーでもある。定期的にインディーゲームを紹介する番組「インディーワールド」も放映している。任天堂にとってインディーゲームは自社プラットフォームの拡大に寄与する存在であり、敵対するメリットがない。このトップは「真っ向からけんかを売られない限り、任天堂は特許で訴えることはしない会社だ」と言い、インディー業界への悪影響は否定した。
一方、ゲーム業界全体ではトラブルが増えるかもしれないという。ゲームは大手企業が大量の特許を取得しており、規模の小さい会社では侵害予防調査コストを割くのが困難という現実がある。気を抜くとすぐに「地雷」を踏んでしまうのだ。「これまでは(ゲーム発売を担う)大手パブリッシャーに守られてきたが、最近はセルフパブリッシュが主流。任天堂が(訴訟乱発の)主体になるとは思えないが、大きくヒットしたゲームが狙われるパターンは増えるかもしれない」と有識者は予測する。
(日経ビジネス 杉山翔吾)
[日経ビジネス電子版 2024年11月18日の記事を再構成]
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