楽器販売最大手の島村楽器(東京・江戸川)がファン層を広げている。現場の社員・店員の主導で、音楽教室の初心者生徒などを集めた集団演奏会を開催。カリスマ店員が目隠しでギターの型番を当てる動画の配信も人気を集める。新型コロナウイルス禍で人気になった趣味・レジャーの一部でファンの反動減が見られる中、楽しさを伝えて、やる気を後押ししている。
10月14日のスポーツの日、大阪府門真市の商業施設「ららぽーと門真」の屋上広場には秋晴れの下、近隣店舗の音楽教室に通う生徒など約50人が集結。ギターやウクレレなどアコースティック楽器を持ち寄って、「なごり雪」など4曲を演奏した。大阪地域のマネージャーの上崎大志さんが企画した、集団弾き語りライブイベント「100人フォーク」だ。
参加者のうち3割が初心者で、中には1週間前にギターを始めたばかりの人も。「ライブで披露する前にやめるのはもったいない。ライブハウスでの演奏は初心者にはハードルが高いが、同時に演奏すれば誰でも楽しめると企画しました」(上崎さん)。参加した20代の谷口音律さんは「雰囲気が楽しい。大勢で演奏して上手に弾けた気分になりました」と満足げだ。
島村楽器の主力事業はギターなどの楽器の販売だが、定期的に楽器を購入するファンづくりに貢献しているのが店舗での音楽教室事業だ。楽器は一般的に、練習を始めてから3カ月以内に9割の人がやめるといわれている。そこで、練習のモチベーションを高める仕掛けに力を入れている。
1対1の音楽教室は、生徒の予定に合わせてレッスンを入れられる。社員自らが講師として教えるため、営業時間ならばいつでも予約可能。店舗内に教室があるため講師に購入からメンテナンスまで一括して相談でき、「そのうちにレッスンする・されるの関係を超えていく」(広瀬利明社長)。講師が他店に異動になってもオンラインで受講し続ける生徒は多く、中には最終出勤日に両手いっぱいの花束をもらった講師もいたという。
毎年、一流ホールを貸し切った演奏会も企画。クラシックはサントリーホール(東京・港)、ジャズはブルーノート東京(同)などで、腕前を問わず誰でもステージに立てる。サックスを習う40代の角里恵さんは「商業施設内にあるので買い物ついでに通える」と入会。演奏会のステージに立つという目標に向け、MISIAの「アイノカタチ」を練習している。
アンバサダー的存在に
初心者のハートをがっちりつかむのは、音楽教室だけではない。「これだけネックが薄いのは、たぶんフェンダー」。ギターファンの間で最近、あるユーチューバーが話題だ。目隠しをした男性が触感や嗅覚を頼りに目の前のギターの型番を当てるもので、11月中旬時点のチャンネル登録者数は21万人に上る。
動画の中で社名の訴求はないが、投稿者は実は島村楽器の社員だ。イオンモール甲府昭和店(山梨県昭和町)で働く坂本貴紀さんが、自ら企画・撮影した動画をアップ。2022年の初投稿からファンを増やし、今では本家の公式アカウントの登録者数(約1万7500人)を大きくしのぐチャンネルに育った。
きっかけは、エレキギターなどの音を調整するエフェクター。凹凸のある形状から「目隠しをしても当てられるかも」と、試しに3台挑戦したところ成功した。動画を投稿すると「意味わからないけどすごすぎる。店舗に会いに行きたい」など話題に。登録者が月1万人ペースで急増し「いけると確信した」(坂本さん)。
休日には坂本さんを目当てに、遠方から店舗に足を運ぶファンも多い。坂本さんは「1日に4〜5人と写真を撮る。沖縄県から会いに来てくれた方もいる」と話す。10月には、自身がおすすめするギターを販売するページを開設。「一番の基準はネック部分。木目の入り方をみて、変形しにくい個体を選んで載せています」(坂本さん)。全国から購入が相次ぎ、掲載した30本のうち20本が売り切れ状態だ。
社員の99%が楽器経験者
創業者の娘婿で13年に社長に就任した広瀬氏は「お客さまと距離が近い現場にあらゆる企画や運営を任せている。面白いと思ったことをどんどん提案してほしい」と話す。現場に裁量を持たせる体制は、創業時から続く島村楽器の社風だ。
ギター販売を始めた1970年ごろ、顧客を呼び込むために店員がアマチュアバンドの演奏会を企画したのが始まりで「全国に店舗を持つ今も、それぞれが店を盛り上げようとイベントを運営するようになった」(広瀬社長)という。社員の99%が楽器経験者だといい、それぞれが強みを発揮している。
商品開発にも姿勢は表れている。福岡県の店舗に勤める佐々木崇さんは、これまで九州・中国地方の地元企業やイラストレーターなどと4つのコラボ商品を発案した。
例えば7月に発売したギターピック。三島食品(広島市)のふりかけ「ゆかり」や「うめこ」のデザインを模したもので、地元の人に加えて外国人観光客からも人気。22年に発売したマルタイ(福岡市)の棒状麺「マルタイラーメン」のパッケージデザインを本物そっくりに印刷したギターストラップも、SNSで「見ているだけでおなかがすく」と話題になった。
ご当地に縁があり「子どもの頃から大好きな食べ物と楽器を組み合わせたら面白いなと思い企画しました」(佐々木さん)。攻めたアイデアも多く「企画案を会社に伝えた時は驚かれましたが、どれも却下になったことはありません」と話す。
バンド系楽器の人気続く
また、好きな時間に自由に練習したいという人には、オンラインでギター演奏を学べるサービス「ギターセンパイ」を提案している。的にするのは、楽器に全く触れたことがない初心者だ。画面に表示されるガイドに合わせて弦を押さえるだけで、楽譜が読めなくても曲を演奏できる。
地味な基礎練習で飽きてしまわないように、1本の指だけで弾ける楽譜も用意。YOASOBIの「夜に駆ける」やOfficial髭男dismの「Pretender」など、人気の曲をすぐに弾いて楽しめるようにした。月額990円で、21年の開始から累計で1万2000人が利用。ピアノ版も制作中だ。
島村楽器の24年2月期の売上高は458億円と過去最高で、コロナ禍の影響を受けた21年2月期を底に3期連続増収。22年にはバンドを題材としたアニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」の人気の追い風を受け、エレキギターなどバンド系楽器の売り上げが跳ね上がった。
コロナ禍では、屋外で感染リスクを気にせず楽しめるゴルフやキャンプなどのレジャーが注目を集めた。しかし足元では、ブームの反動で市場が落ち込んでいるという声もある。一方、島村楽器では個性的な社員の活躍もあって勢いを増しており、「完全にアニメの効果を超えた」(広瀬社長)。
19年に始めた電子商取引(EC)も、成長を支える。24年2月期の売上高は前の期比4倍以上に急増。各店舗の在庫情報を共有し、どこからでも購入できる仕組みを導入すると、ギターの木目の入り方など個体差を見て高額品を購入する玄人が増えたという。
25年2月期には全体の売上高が500億円に達する見込み。「今の事業領域で600億円までは到達できる。20年後には1000億円を目標にM&A(合併・買収)や新規事業に挑戦していく」と広瀬社長。楽器店の枠にとどまらない発想でファンを獲得し続けられるかがカギを握る。
(宮月子、平嶋健人)
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