「まさかあそこまでのヒットになるとは」。ある大手飲料メーカーの幹部は、競合のサントリーが2017年に発売した高価格帯ジン「ROKU(ロク)」の快進撃におののく。
ロクは桜花、桜葉、煎茶、玉露、サンショウ、ユズの6種類の和素材を使ったジンで、14年に買収した米蒸留酒大手ビームと共同開発した戦略商品だ。日本での知名度は低いものの、欧米を中心に世界で高い評価を得ている。アルコール度数は国内版47%・海外版43%で、公式通販サイトの価格は700ミリリットルで税込み4400円だ。
大阪工場(大阪市)でのみ生産し、24年1〜8月のロクの国内販売と輸出実績は、合計約26.5万ケース(1ケース8.4リットル換算)で前年同期比18%増となった。
200年超の歴史を持つ競合ブランドもいる高価格帯カテゴリー(平均売価30ドル以上)において、発売から5年で売上高世界3位のポジションを獲得した。容量ベースでの累計販売は、競合が10年以上かけた水準に半分以下の時間で追い付いた。60カ国超で展開しており販売の9割が海外だ。
桜や茶葉を使い、味に独自性
ジンは酒類の中でも味や香り付けの自由度が比較的高いことで知られる。ジュニパーベリー(セイヨウネズの実)を使用してアルコール度数が37.5%以上あるなら、香り付けのボタニカル(ハーブなどの草根木皮)はメーカーが好きに選択できる。
ただ、歴史的なヒットブランドを見るとレモンやライムなどのかんきつ類を主体とした香り付けが多い。ロクは桜や茶葉といった独自の素材を使うことで味の独自性を引き出し、他ブランドとの差別化を図った。
SNSなどでの口コミで人気に火が付き、販売が勢いづいた。ロクを実際に口に含むと、ジン特有の松ヤニの匂いは薄く、桜の柔らかい甘さがふわっと広がる。飲み込んだ後にはサンショウやユズの香りが口の中から鼻に抜けるなど、複層的な味が印象的だ。
桜の花を使っただけでなく、六角形の瓶の各面には6種類の和素材のレリーフをあしらい話題性を持たせた。バーテンダーや消費者が他人に紹介したくなる商品に仕立て上げ、その狙いが当たった格好だ。
かつてサントリーとビームは高価格帯のジンを手掛けていなかったが、買収をきっかけに共同開発がスタートした。サントリースピリッツ本部リキュール・スピリッツ部の酒巻真琴部長は「成長する世界市場をつかむため、サントリーが生産、ビームがマーケティングを担当する形で進めている」と話す。
大阪工場で生産能力を倍増
世界的ブランドとしての地位を固めるため、足元で取り組むのがインバウンド(訪日外国人)向けを含む国内販売だ。
サントリーが手掛けるジャパニーズウイスキーの「山崎」や「白州」では、海外の愛好家たちが本場の味を知ろうと日本の工場や専門店に訪れる。限定品を購入して自国に持ち帰るなどして、さらに顧客ロイヤルティーが高まる好循環を生んでいる。
一方のジンは日本で常飲する文化がなく、市場は諸外国に比べて小さい。ロクの知名度は低く、取り扱う飲食店なども限定的だ。「ジャパニーズジン」にほれ込んだ愛好家が日本を訪れても、現時点ではその熱量を受け止めきれない。
サントリーは大阪工場に55億円を投じ、蒸留酒などの生産能力を25年までに2.6倍にすると2月に発表した。このうちジンの生産能力は2倍に引き上げる。工場を見学することはできないが、新大阪駅から1時間以内とアクセスは良好で観光スポットになる可能性もある。見学の受け入れは検討の余地があるだろう。
2月にはロクとしては初となる数量限定品を発売した。ラベルに桜のイラストを盛り込んだほか、通常版のロクに複数の桜花・桜葉の原料酒をブレンドして桜の風味を高めたという。空港の免税店で販売し旅行客との接点を増やしている。
ジン愛好家の育成にも余念がない。20年に発売した普及価格帯の「翠(スイ)」は消費者の裾野を広げるための商品で、食中酒としての普及を狙う。酒巻部長は「スイでジンに慣れた顧客に高付加価値のロクを提供していく。2つのブランドは両輪の関係にある」と語る。
サントリーの推計によると、国内のジン市場は30年に450億円に達し、20年比で6倍に膨らむ見通しだ。22年に発売したスイのソーダ割り缶商品である「翠ジンソーダ缶」が受け入れられて市場が急拡大した。
スイのヒットが呼び水となり、アサヒビールは4月に「GINON(ジノン)」を、キリンビールは8月に「KIRIN Premium ジンソーダ 杜の香(もりのか)」をそれぞれ発売した。各社が切磋琢磨(せっさたくま)する中で世界に通用する新たなブランドが生まれれば、ウイスキーに次ぐジャンルとしてジャパニーズジンの評価が一層高まるだろう。
(日経ビジネス 朝香湧)
[日経ビジネス電子版 2024年10月3日の記事を再構成]
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