「中国の自動車メーカーのエンジニアは毎日14時間くらい働いている。土曜出勤は当然で、日曜出勤も多い」
車載ソフトを開発する南京普塔科技の謝健艦・最高経営責任者(CEO)は、自動車業界の労働環境についてこう明かす。謝氏はパナソニックホールディングス中国法人を経て、2019年に中国で起業した。車両制御やクラウド接続に関わるソフトを開発し、吉利汽車や第一汽車集団など現地の自動車大手や欧州メガサプライヤーを顧客に抱える。
ソフトウエアで車両を制御する「ソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)」への移行で、「車の製造コストに占める車載ソフトの割合は、かつての5%から30%まで高まった」と言い、受注が大量に舞い込む。自社でも毎日夜11時まで働くのが当たり前で、品質試験があるときは朝晩の2交代制だ。
米コンサルティング会社のアリックスパートナーズが従業員の1カ月当たりの平均残業時間を比較した。それによると比亜迪(BYD)は20〜40時間、吉利汽車は40〜70時間。上海蔚来汽車(NIO)など新興EV企業は70〜100時間と、猛烈に働く文化が浸透している。これに対し、独フォルクスワーゲン(VW)やトヨタ自動車の現地法人は0〜20時間だった。
中国EV市場はプレーヤーの多さから競争が激しく、開発スピードを速めて新機能を搭載した車種を次々と投入しないと生き残ることが難しい。過酷な開発競争が、現場の「モーレツ」文化につながっているわけだ。
ソフト開発者が医者より人気
長時間労働ではあるものの、社員の満足度は高いといわれる。中国では一般的なソフト開発者の年収は約40万元(800万円)、優秀な人は約60万元(1200万円)、トップ水準で100万〜150万元(2000万〜3000万円)に上る。がむしゃらに働いた分、若い時から稼げる。就職先として「医者や弁護士よりも、稼げるソフト開発者が一番人気」(謝氏)という土壌があり、優秀な人材も集まりやすい。
騰訊控股(テンセント)や百度(バイドゥ)など巨大テック企業が急成長した背景もあり、ソフト人材の層が厚いことも基盤にある。謝氏によると、取引先のある自動車大手は自社のエンジニア1万2000人のうち、4割を占める5000人がソフト専業の開発者だという。IT(情報技術)企業への外注が多い日本の自動車メーカーと比べ、人材を潤沢に抱えている。
中国の大手自動車メーカーに勤めた経験を持つ日本人技術者は、開発現場の様子を「清華大学などトップ校を出た理系エリートたちがハードワークしていた。部長レベルでも30〜40代と全体的に若く、とにかく勉強熱心」と振り返る。
アリックスパートナーズによると、BYDなど新興勢が車種を全面刷新する頻度は平均1.6年と、日本やドイツ勢(5.4年)をはるかに上回る。アリックスの鈴木智之マネージングディレクターは「1つの部署に大量のソフト人材を集約し、一括して開発している。SDV 時代に合った体制」と指摘する。ソフト重視の組織、リスクを取る姿勢、部品の内製化や簡略化――。鈴木氏は新興EVが高速開発を実現する理由について複数上げる。
「モーレツ」に開発を加速させている中国勢の実力値はどのくらいか。知財コンサルティングを手掛ける知財ランドスケープ(東京・中央)が、SDVに関わる特許情報を分析した。自動運転や通信、車の情報・エンタメを表示する「スマートコックピット」の3つの観点から、特許の出願件数を取り出したところ、総合では首位のトヨタに次いで韓国・現代自動車の出願数が多かった。知財ランドスケープの山内明CEOは「国別の伸び率では、日本勢は20年以降にむしろ減少しており、中国勢が自動運転などで猛追している構図だ」と指摘する。
このうち自動運転の中核技術である特許項目だけを抽出したのが、上のランキングだ。トヨタのほか、ロボタクシーを運営するGMクルーズを傘下に持つ米ゼネラル・モーターズ(GM)が上位だが、中国勢は百度や華為技術(ファーウェイ)が上位に食い込む。
さらに、自動運転関連の特許出願数の上位企業15社のうち、各社の注力領域を下の図で可視化した。
トヨタを含む日本勢は、「衝突防止システム」の出願数が多く、事故防止志向が強い。一方、ロボタクシーを運用している米国勢は完全自動運転技術に注力している傾向があり、2陣営に分かれた。
百度はAI活用に強み
中国勢の代表格である百度は、「2陣営の中間に位置し、全方位で技術力を高めようとしている」(山内氏)ことがうかがえる。百度の特許を個別に詳しく見ると、大規模データを演算する人工知能(AI)を強みとしている。
自動運転では高精度センサー「LiDAR(ライダー)」や超音波センサーなどを複数搭載するのが主流だが、高度なAIがあればカメラだけで周囲の状況を認知して車を走行させられる。ハードの性能に依存せず、コストを抑えられるのも利点だ。百度はEVにカメラだけを搭載して画像解析している米テスラと目指す方向性が似ている。
SDVを支えるもう一つの主要技術が通信だ。スマートフォンで車を操作したり、無線通信で車載ソフトを更新したり、あらゆる場面で通信技術が不可欠になる。知財ランドスケープの分析では、20年以降に中国勢が通信分野でも出願数を増やした。国・地域別に注力領域を見ると、中国勢は近距離通信や車両部品間通信で存在感がある。
中国のEVに共通するのが、中央に大型のタッチ画面を搭載し、様々な情報を車内で表示するスマートコックピットだ。中央の画面と他の機器との間でやり取りが必要になるため、近距離通信などの技術はスマートコックピットに直結する。特許分析では、この分野で新興企業が台頭していることも分かった。通信機器を本業とするファーウェイと肩を並べるのが、博泰車連網科技(パテオ・コネクト)だ。EVに参入した小米(シャオミ)が出資し、コネクテッドカーの黒子として現地自動車大手に技術を供与している。
トヨタ系調査会社の現代文化研究所の八杉理・上席主任研究員は中国のSDVの技術力について、「とにかく新技術の実装が早い」と話す。主要技術は知財で追い上げ、すぐに市場に投入して反応を確かめて改善する。一連のサイクルを超速で回す独自の技術革新と進化が続いている。
(日経ビジネス 薬文江、日経BP上海支局 佐伯真也)
[日経ビジネス電子版 2024年10月8日の記事を再構成]
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