2023年12月に「大麻取締法及び麻薬及び向精神薬取締法の一部を改正する法律」が成立し、公布された。医療や産業での大麻草の適切な利用を目的とする法律で、大麻から製造した医薬品の利用が可能になる。同法の一部が24年12月12日に施行されることが決定。これを商機と捉えたスタートアップが動き始めている。
同法の骨子は、(1)大麻草から製造された医薬品の使用を可能にする一方、不正な利用を他の規制薬物と同様に扱う規制の見直し、(2)大麻草の栽培に関する規制の見直し──だ。このうち、(1)の部分が24年12月12日に施行され、(2)については法律の公布日から2年を超えない範囲で施行されることになっている
大麻取締法の見直しの理由の1つは、従来の法律が大麻から製造された医薬品の使用を禁止していたこと。大麻由来のカンナビジオール(CBD)と呼ばれる成分を利用した難治性のてんかん治療薬が欧米などで承認され、日本でも治験が行われているが、現状のままでは承認されても医療現場で利用できないため、法改正が不可欠だった。
CBDはリラックス効果があるなどとして、サプリメントや化粧品、清涼飲料などに利用されているが、現行の大麻取締法では、大麻草の茎と種を除外し、それ以外の部位に由来する製品などを「大麻」と定義し、栽培や譲受、研究を都道府県の免許を受けた者に限定している。このため、日本で流通可能なCBD製品は、茎と種に由来するCBDを利用したものに限られていた。一方、大麻取締法は大麻の栽培や譲受を規制していたが使用については禁止規定や罰則がなく、乱用につながっていると指摘されていた。
23年12月の法改正では、まず大麻から製造された医薬品の利用を可能にし、大麻草とそれに含まれるテトラヒドロカンナビノール(THC)と呼ばれる有害成分については麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)における「麻薬」と位置付けた。これにより、大麻から製造されたTHCを含有する医薬品も、モルヒネなどと同様の医療用麻薬として、医師の処方に基づいて使用できるようになる。また、麻薬成分ではないCBDについては、花や穂から抽出されたものも流通が可能になる一方、THCの残留限度値を定め、この値を超えると麻薬として規制する。さらに、不正な使用については麻向法の禁止規定と罰則を適用する。以上が24年12月に施行される内容だ。
さらに、25年中には大麻草の栽培の規制に関する部分が施行される。大麻草の栽培免許を「大麻草の製品の原材料とする場合」(第一種)と「医薬品の原料とする場合」(第二種)に区分し、都道府県知事が免許権者である第一種はTHCの濃度が基準値以下の大麻草(産業用大麻)の栽培しかできないが、厚生労働大臣が免許権者である第二種だと医薬品原料を生産するためにTHC濃度が基準値以上の大麻草(医療用大麻)の栽培も可能になる。
この法改正を商機と捉え、事業拡大を狙っているのがキセキグループ(東京・港)というスタートアップだ。山田耕平代表取締役ファウンダーCEO(最高経営責任者)が2020年3月に起業した。植物工場を利用した医療用大麻の栽培と、CBD入りのサプリメントなどの販売を手掛け、大麻から製造した医薬品を開発・販売する創薬事業も計画している。
代表取締役の山田氏は、大学卒業後に青年海外協力隊のメンバーとしてアフリカのマラウイに赴任。エイズがまん延する同国でエイズ予防啓発ソングを歌って大ヒットさせ、帰国後も大学院に通いながら歌手として活動していた異色の人物だ。その後、日本の商社、シンガポールの投資会社などを経て、英オックスフォード大学のエグゼクティブMBA(経営学修士)修了後に起業。植物工場研究の権威として知られる千葉大学の古在豊樹名誉教授が、キセキグループの非常勤取締役(研究助言)を務めている。
植物工場の技術利用で戦える
「10年代の後半に、北米や欧州で大麻産業が大きく成長し始めたのを見て、日本の植物工場の技術を利用すれば世界でも戦えると考えた。特に医療分野では、がん末期の痛みや吐き気の抑制、多発性硬化症やうつなど、様々な疾患に対して効果が期待されており、エビデンスが示されれば、大麻から製造した医薬品は間違いなく日本にも入ってくるだろう」
そう語る山田氏は、医療用大麻の栽培に照準を合わせて事業化を進めてきた。まずはタイにKISEKI PLANT FACTORY(Thailand)を設立。バンコク郊外に医療用大麻を栽培する植物工場を建設し、2023年7月に稼働した。乾燥重量で年間1000キログラムの生産能力を有し、現在は20%程度の稼働状況だという。医療用大麻の栽培は、海外でも屋内栽培が一般的だが、同社ではセキュリティーや品質管理などの観点から植物工場で製造している。山田氏は、「高品質な医療用大麻は1グラム当たり10ドル以上の小売価格で販売されている」として、植物工場向きの高付加価値の植物だと考えている。
なお、同社が生産する医療用大麻は大麻草の花穂(かすい)を乾燥させたもので、欧州や米国の一部の州では合法な製品として流通しており、医師の処方によって漢方薬のように使用される(日本では非合法)。まずはタイの工場で生産した花穂を欧州およびオーストラリア向けに輸出する計画で、24年内にも出荷を開始すべく準備を進めているところだ。
「CBDなどの製造に用いる産業用大麻は既に欧米などで大規模に栽培されていて競争に打ち勝つのは困難だ。高品質な医療用大麻を栽培すれば、日本発のブランドを確立できるだろう」と山田氏は考えている。
同社はこれまで、投資家から調達した10億円超の資本金で活動してきた(減資により資本金は1億円)。だが、24年12月に法律が施行されると、レピュテーションリスクを懸念していた大企業やベンチャーキャピタル(VC)などからの資金調達が可能になると考え、最大20億円程度の資金調達を検討しているところだ。
資金調達に成功すれば、タイで花穂からCBDやTHCを抽出する医薬品原薬工場を立ち上げる計画だ。また、大企業などと連携する形で、日本での植物工場建設も検討している。「タイの工場は建設費や人件費が安価という利点があるが、日本でも地方の雇用創出などに貢献できるのであれば地方自治体などの支援を受けられるかもしれない」と山田氏は語る。
さらにはCBDやTHCを有効成分とする大麻医薬品を開発する創薬事業も視野の内にある。「欧米には大麻由来の医薬品開発を行うスタートアップが多数ある。そういう企業と提携し、既に第2相、第3相の臨床試験を行っている品目の日本での開発権を得て、ドラッグラグ・ロス問題の解決に貢献したい」と山田氏は話す。
「今後、世界の大麻市場は高成長が見込まれているし、その中でも医薬品原薬としての需要は大きく伸びるとされている。その事業に挑戦する企業が日本になければ、輸入品に市場を席巻されることになる」と、山田氏は事業化の意義を訴えている。
(日経ビジネス/日経バイオテク 橋本宗明)
[日経ビジネス電子版 2024年9月19日の記事を再構成]
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