青山学院大学特任教授の鶯地隆継氏(写真=小林淳)

国際会計基準(IFRS)で営業利益の計算ルールが2027年度から統一され、開示も義務化される。従来は企業の裁量で営業利益の計算方法を選択でき、投資家から統一された開示を求める声が出ていた。IFRSを議論する国際会計基準審議会(IASB)の理事を務めた、青山学院大学の鶯地隆継特任教授に影響を聞く。

鶯地隆継(おうち・たかつぐ)氏。青山学院大学特任教授。住友商事の部長職などを経て、2011年から19年まで、日本人として2人目となるIASB理事を務めた。その後、監査法人トーマツのパートナーを経て、24年4月から現職(写真=小林淳)

――今回の変更を、IASB理事経験者としてどう受け止めていますか。

「まだ日本ではそれほど騒がれていないようだが、世界中でIFRSを採用する企業の財務諸表の形が変わる点で、大きなインパクトがある。IFRSとしても、過去20年以上にわたり議論を続けてきたテーマがようやく、営業利益の開示を統一する形で結実した」

「営業利益の開示を義務付けてきた日本基準とは違い、IFRSは営業利益の表示を義務付けていなかった。業界や企業によって、企業の稼ぐ力を示す営業利益は微妙に異なる。そのため、無理な統一を行わないというのがIFRSの方針だった」

「IFRSでは原則主義の考えの下、経営者自らがある程度の裁量を持って本業のもうけとしての営業利益を捉え、投資家に向けて説明してきた。その現状からは大きな変更となる」

独自指標が広がりすぎた

――なぜこのタイミングなのでしょうか。

「2つの理由がある」

「まずは、統一された利益指標を求める投資家側のニーズだ。企業によってまちまちの営業利益ではなく、統一された基準があれば、多数の企業をスクリーニング(選別)するのに都合がよい。近年は個別銘柄を選択して投資する『アクティブ投資』よりも、株式指数などに連動した運用成績を目指す『パッシブ投資』の方が主流になっていることもあり、比較可能性が高く機械的に判断できる営業利益の重要性が高まった」

「もう1つの理由は、企業独自の業績指標があまりに拡大していることだ。『コア営業利益』や『調整後営業利益』といった様々な名称の利益指標を企業が用いてきた。経営者が自社にあったKPI(重要業績評価指標)を利用することは重要だが、前年度までの指標を十分な説明なく平気で変更されることもある」

「そこで、IFRSは今回、営業利益の開示を統一するとともに、『経営者が定義した業績指標』(MPM)という概念も導入し、独自指標の計算手法などを明示するよう義務付けた。『コア営業利益』といった独自指標も引き続き使えるが、MPMとして見なされるため、計算方法などを開示し、きちんと監査も受ける必要がある。 営業利益を統一して比較可能性を高める一方、経営者がMPMを通して企業のストーリーを語る裁量も残った」

――今回の変更でIFRSの損益計算書がどう変わるのか、全体像を確認させてください。

「大きな変更点は、損益計算書に『営業』『投資』『財務』という新たな3つの区分が導入されることだ」

「『投資』と『財務』の区分から見ていく方が分かりやすい。投資区分には、持ち分法適用の損益や、投資不動産の賃貸収益などが入る。財務に入るのは、借入金やリース負債に関わる金利など、企業の財務活動の結果生じる費用だ」

「『営業』という区分は、『企業の主要な事業活動』に関わる収益と費用だということになっているが、投資や財務に振り分けられなかった『残余』が含まれていると考える方が腑(ふ)に落ちやすい。残余だからこそ、日本基準では営業利益に含まれない一過性の特別損失もIFRSでは『営業』区分だ」

「また、IFRSの新基準では、持ち分法投資損益は『投資』区分に含まれる。これまでIFRSを採用しつつ『営業』損益の計算に利用してきた一部の日本企業は、営業利益の計算を変更せねばならない」

「見かけの利益」減少も

――日本にはソニーグループなど、営業損益の計算に持ち分法損益を含めてきた企業があります。

「新たな対応が必要になる。持ち分法投資益の大きい企業では、見かけの利益が減少するなどの影響があるだろう。ただ、営業利益を開示しつつ、MPMとして持ち分法投資損益を合わせた従来と同様の利益指標を使うことも手かもしれない」

――鶯地さんがIASB理事を務めていた11〜19年にも、営業利益についての議論は盛んだったのでしょうか。

「IFRSで20年以上議論されてきたテーマだが、私が理事だった時代に主に議論が進んだ。当初は『営業利益は多様すぎて統一など無理』とさえ考えられていた議論が、ようやく結実したのだ」

「だが、実はもともとの問題意識は、営業利益の統一ではない。むしろ、EBIT(利払い・税引き前損益)とIFRSの整合性を高めることが狙いだった」

「EBITは純利益と異なり、税制や資本構成の影響を取り除いて企業の稼ぐ実力を比較しやすいというメリットがある。国を超えて企業を比較する際などに投資家はEBITを必要としてきたが、IFRSは税引き前利益までしか定めておらず、課題だった」

「EBITを適切に算出するため、持ち分法投資損益の扱いなどをめぐってIASBで議論を進めた。その結果、『税引き前・財務前・投資前利益』という長い名称の概念を導入すれば、EBITへの道筋をつけられそうだった。だが、この概念をいっそ『営業利益』と呼称する方がよいという議論になり、名称が営業利益になった形だ」

――日本基準でイメージされる営業利益との違いは大きいでしょうか。

「日本基準とIFRSの営業利益は正反対の発想だ。日本基準の基本的な発想は、まず売上高、次に原価を引いて売上高総利益、そして販管費などを除いて営業利益を計算する。そこから、さらに持ち分法投資損益や利払いなどを考慮して経常利益を計算していく」

「日本基準では、経営者の考える『本業』を基に営業利益を計算し、本業ではないものを営業外損益として捉え、経営者が異例だと思いたい減損損失などを特別損益とする、という流れだ。損益計算書をトップライン(売上高)から順に考えるという発想が根底にある」

「一方、IFRSの営業利益は損益計算書をむしろボトムライン(最終損益)に近い下側から考えている。税引き前利益があり、そこから金融費用や持ち分法投資損益といった投資や財務の区分の費用や収益を除いた残り物から営業利益を計算する。だからこそ、日本基準と違い減損損失が営業損益の計算で利用される」

問われる「経常利益」のあり方

――今後、企業にはどのような影響が出てくるでしょう。

「IFRS採用企業には、27年度から営業利益の開示が義務化され、新基準の早期適用も可能だ。対応のためにどれぐらいの作業が必要になるかは、会計システムによりまちまちだろうが、全体としては大きな負担にはならないのではないか」

「今回のIFRSの改定は日本基準への直接的な影響はないが、これを機に日本基準の特異性が目立つ結果になるかもしれない」

――世界各地で営業利益が統一された結果、日本の会計基準がガラパゴスらしく見える、と。

「これまで会計の考え方では、営業利益なんて会社ごとにバラバラ、中身を詳しく見てみないと分からないというものだった。だが、少なくともIFRSでは営業利益が統一されていく。そのため、『世界の財務諸表の営業利益とはこういうものなのだ』という共通認識が固まってくる」

「すると、減損損失をわざわざ特別損失として捉え、『経常利益』という項目を設ける日本基準が物珍しい存在になる。経営者の見方で左右される指標である『ケイツネ』は、ある意味でIFRSのMPMを先取りするものだったと考えることもできる。だが、今後はどうか」

「私は、日本基準がうまくできていると思うし、IFRSが変わったからといって直ちに日本基準が合わせるべきだというわけでもない。それでも、世界中の営業利益が統一されるという新しい世界になる」

「日本の営業利益をどうするか、経常利益という項目は残すのか。基準間の差異を縮める『コンバージェンス』も意識しつつ、今後考えていかなければならないだろう」

――IFRSそのものもまだ変わっていくのでしょうか。

「今回の主要な変更点は損益計算書だった。営業利益をはじめ、よく整理がなされた。だが、実は、キャッシュフロー計算書についてはそれほど整理がなされていない」

「その結果、キャッシュフロー上の『営業』と損益計算書の『営業』の意味合いに少なからずズレが生じてしまう結果となった。実務上直ちに問題になるわけではないが、IFRSでも今後の課題とされている。議論がまたれるところだ」

(日経ビジネス 八巻高之)

[日経ビジネス 2024年9月2日の記事を再構成]

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