岡山県真庭市は7月、JR西日本の株式3万4000株を約1億円で取得した。自治体による上場企業の株式取得は珍しい。背景には同市内を走る姫新線の廃線への危機感がある。1キロメートル当たりの1日平均利用客数(輸送密度)が少なく、存廃を議論する対象となっている。真庭市は株主としてJR西に活性化を訴えていく方針だが、勝算はあるのか。太田昇市長に聞いた。

――株式取得の狙いを教えてください。

「現時点では交通系ICカード『ICOCA(イコカ)』の導入をはじめとする投資の充実・サービス向上をJR西に求めていきたい。都市部と地方でサービスに格差があるのは問題だ。真庭市内では徐行運転をする区間が多い。路盤改良の投資をすれば、高速化も実現でき、自家用車から鉄道利用にシフトする人も一定数現れるだろう」

「これまでも沿線自治体として姫新線のサービス向上を訴えてきた。ただ要望をするのではなく、出資をすることで、より責任ある株主の立場から主張できる」

「来年6月の株主総会では市長として発言することを検討しており、発信力を高める一つの手段になる。また今回のようにメディアに取り上げてもらうことで、多くの人に地方鉄道の現状を知ってもらえる」

インタビューに応じる岡山県真庭市長の太田昇氏=小山壯二撮影

――姫新線の市内の輸送密度は経営改善や存廃を議論する「再構築協議会」の対象になります。将来は存続も訴えていくのでしょうか。

「鉄道はネットワークとしてつながっていなければ意味がない。仮に(真庭市内だけ)廃線になったとしたら街を分断することになる。跡地利用も考えられない。もし再構築協議会が設置されたら、ネットワークの重要性を主張していく」

「訪日外国人(インバウンド)の増加や旅行先の多様化から、姫新線を外国人客が利用することもあり得る。鉄道は旅行客にとって信頼できる交通手段であり、ネットワークを維持すべきだ」

――赤字路線への投資は経営効率向上を求める他の株主の賛同を得られにくいのではないでしょうか。

「JRの公共性をはっきりさせることも企業価値の向上につながるだろう。鉄道用地はもともと、国民の財産だった。姫新線の用地は地域住民が無償提供をしたと聞いている。採算性は大事だが、国民の移動手段を担うということを十分意識した経営をしてほしい。他の株主にも理解していただけると思う」

――自治体による上場企業の株式取得は珍しいです。どういったプロセスだったのでしょうか。

「予算は2024年度の一般会計『広域公共交通対策事業』の『投資及び出資金』として計上している。23年10月に私が株式取得の指示を出し、11月の真庭市議会全員協議会で議長・副議長に説明した。24年2月に文教厚生常任委員会で議論し、3月に予算が成立した。議論の過程で反対はなかったが、株価下落のリスクを不安視する発言はあった。もちろん下落リスクはあるが、JR西は不動産を多く保有し、経営が安定している。配当があるうえに株主優待も充実している。基金として持ち続けるよりはよい運用になるのではないか」

――自治体によるアクティビズムは他の自治体にも広がりますか。

「株式取得を検討している自治体を含めて何件か問い合わせを受けた。議会を説得するハードルがあるが、資産運用として国債より有効であり、他の自治体もやればいいと思う。配当や優待を地域への集客に使えば、鉄道会社にとっても悪い話ではない」

JR西は協調路線、市場は冷ややか


政策目的で上場企業の株を取得するという自治体では異例の行動に出た真庭市。こうした動きは他の自治体にも広がっていくのか。

JR西日本の長谷川一明社長は「株式保有の有無にかかわらず、沿線自治体は重要なステークホルダーであり、丁寧に対応する」と協調路線を取る。同社は地方ローカル線の活性化に取り組んでおり、今秋には真庭市を含む岡山県北部で開催される国際芸術祭「森の芸術祭 晴れの国・岡山」に合わせて観光列車や新型車両を運行する。複数の市町にアート作品を展示するため、鉄道を使った周遊型の観光につなげる狙いだ。

鉄道会社が鉄道の運行に加え、線路などのインフラ整備も負担するのは日本独自の仕組み。人口減が著しい地方では一企業の努力だけでは存続が難しくなっている。鉄道政策に詳しい関西大学の宇都宮浄人教授は、「自治体が積極的にアクションを起こすことで、限界を迎えつつある仕組みを見直すきっかけにもなる」と評価する。

株式市場では自治体アクティビズムをどうみているのか。あるアナリストは「現時点で真庭市は株主提案をできる議決数を持っていない。株主総会では提案できず発言にとどまるため、影響力は限定的ではないか」と指摘する。企業の業績拡大につながりにくい赤字ローカル線への投資は、「中長期的な企業価値創造を求める機関投資家の理解は得られないだろう」とみる。

自治体による対話を目的とした上場企業の株式取得は今回が初めてではない。宮崎県日南市と串間市は2016年、株式上場のタイミングでJR九州の株式を取得した。両市内を走る日南線は輸送密度が低く、JR九州と利用促進に向けた検討会を定期的に開いている。

新規の株式取得ではないが、もともと関西電力の大株主だった大阪市と京都市は12年から毎年関電の株主総会で提案をしている。今年の総会ではゼロカーボンの実現や関連する新技術の開発、原子力発電所の最低限の稼働などを訴えたが、いずれも否決された。

(日経ビジネス 岡山幸誠)

[日経ビジネス電子版 2024年8月21日の記事を再構成]

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