注目が集まる指数
日銀短観は数ある経済統計の中でも信頼性が高いとされています。
サンプル数が多いこと(およそ9000社)、調査形式が途中で大きく変わっていないこと、そして調査の信頼性の要となっているのが99%という回答率の高さです。
短観によって算出された指数や数値は、企業を通じて見える景気の状態を正確に表していると、シンクタンクのアナリストの多くがレポートなどに引用しています。
海外の市場関係者の間では「TANKAN」で通じるほどです。
そんな短観の代表的な指数が「景気判断DI(ディフュージョン・インデックス)」=景気がよいと答えた企業の割合から景気が悪いと答えた企業の割合を差し引いた指数=で、いわば短観の“顔”と言われていますが、これとは別に最近注目を集めている指数があります。
「借入金利水準判断DI」です。
マイナス圏が続いたDI
借入金利水準判断DIは、金融機関から資金を借り入れる際の金利が「上昇している」と答えた企業の割合から「低下している」と答えた企業の割合を差し引いて算出されます。
今の短観が始まった50年前、1974年から調査が続いています。
過去のデータを見てみると、このDIは長い間マイナスだったことがわかります。
14年前、2010年の3月調査で「-1」となって以降、3年前=2021年3月調査まで実に11年もの間、「金融機関から借りる際の金利が下がっている」と答えた企業が多かったのです。
どのような時期だったのか簡単に振り返ると…。
2009年11月
政府がデフレ宣言
2010年10月~
白川総裁(当時)、事実上の“ゼロ金利政策”に
その後、国債など資産買い入れの基金導入、大量の資金供給へ
2013年4月~
黒田総裁(当時)、“量的・質的金融緩和” 大規模金融緩和へ
日銀が供給するお金の量(マネタリーベース)2年間で2倍に拡大を目指す
2016年1月~
マイナス金利政策導入
2016年9月~
イールドカーブコントロール導入(長短金利操作付き量的・質的金融緩和)
デフレからの脱却を目指し、日銀が大量の資金を供給する金融緩和のもとでいわゆる“超低金利”が続いていた時代。
DIがマイナス圏に沈むのも当然といえば当然で、この時期はさほど注目されるDIではありませんでした。
ここにきて急上昇
ところがDIは2021年6月調査でプラスマイナス0となり、2022年3月調査からプラスに転じます。
この時期、日銀は、イールドカーブコントロールのもとで長期金利がゼロ%程度で推移するよう国債を上限なく買い入れて市場に潤沢な資金を供給していましたが、2021年3月、長期金利の変動幅について「プラスマイナス0.25%程度」とし、一定の金利の変動を容認する姿勢を明確にしました。
その後、2022年12月、日銀が長期金利の上限を0.5%程度に引き上げると、長期金利はさらに上昇。
DIは2023年3月にはプラス14と2ケタにまで急上昇し、その後、プラス17に。
そして、マイナス金利政策を解除したあとに行われたことし6月調査ではプラス32まで跳ね上がりました。
およそ17年ぶりの高い水準です。
実際の借入金利の基準とされている「長期プライムレート」(日銀まとめ)の推移を見てみると、やはり2022年ごろからじわりと上昇しています。
ただ、ここ最近のDIの動きと比較してみると、長期プライムレートよりもDIの急上昇がより際立っていて、企業の間で金利上昇の実感、さらには警戒感が強まっていることがうかがえます。
日銀はことし7月に追加利上げに踏み切り、政策金利は0.25%程度に引き上げられました。
一見小幅な引き上げに見えますが、来週公表の短観では借入金利水準判断DIがさらに上昇する可能性があると専門家は見ています。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 小林真一郎主席研究員
「政策金利は0.25%程度に引き上げられたが、長らく低金利環境にあった日本では経営者の金利上昇への警戒感が強く、急ピッチで指数が上昇している。ただ、金利上昇を過度に警戒すれば投資が冷えて景気が腰折れするリスクがある。この点は金融機関の融資担当による成長投資を促す提案や企業経営者の冷静な判断が問われることになる」
警戒するも投資は続ける
金利上昇に企業はどのように向き合っているのか。
地方の自動車部品メーカーを訪ねてみました。
自動車業界ではアクセルやブレーキ、ハンドル操作などを補助する自動運転の機能が年々高度化し、拡大しています。
長野県飯島町に本社がある「南信精機製作所」(従業員およそ240人)でも自動運転機能の拡大に伴って関連する部品の需要が増え、6年ほど前から新工場の建設や生産ライン増強のために50億円以上の投資をしてきました。
会社の規模からみても大きな投資ですが、当時は超低金利もあって大半は金融機関からの借り入れで賄いました。
しかし、日銀のマイナス金利解除などを機に県内外の金融機関で金利の引き上げが相次ぎ、今では支払い利息だけで数百万円ほど増えたということです。
片桐良晃社長は金融機関と条件交渉をしたり、少しでもトータルの返済額を減らすため不測の事態に備えて借りていた数億円を前倒しで返済したりと、負担軽減のためにできるかぎりのことをしたそうです。
しかし金利の上昇を警戒するあまり投資を抑えてしまうとこの先事業が先細ってしまい、かえって返済のための資金確保がままならなくなってしまいます。
片桐社長は不安を抱えつつも投資を続けていくつもりです。
南信精機製作所 片桐良晃社長
「今後もさらに金利が上がるのではないかという大きな不安がある。ただ幸い仕事は追い風が吹いているので先行投資は引き続き必要だ。この地域では人口減少が著しいので慢性的な人手不足に対応するためにも工場の自動化などへの投資は金利が上がる環境でもせざるをえない。会社が生き残るためには、やはり投資をしていかなければならない」
実は金融機関も模索
金融機関でも模索が続いています。
茨城県の常陽銀行では、借入金利が上昇する局面でどのように融資を提案すればいいのか、1年前から勉強会を開いています。
超低金利時代が長く続いたことで、実は銀行の融資の最前線で活躍する現役行員の多くは金利上昇局面での経験がほとんどありません。
企業が銀行から資金を借り入れる際、二人三脚で経費削減策や販売戦略を立てることは珍しくありませんが、これからの金利上昇局面ではよりカスタマイズしたものが求められると言います。
常陽銀行 秋野哲也頭取
「取引先の企業の影響度合いをみながら、お客様と丁寧にコミュニケーションをとって金利をあげていくプロセスがはじまっている。金利の引き上げに耐えられない取引先に対しては経営改善の支援をこれまで以上に取り組んでいきたい」
来週公表の短観。
民間の調査会社の多くは企業の景気判断はほぼ横ばいになると予測していますが、借入金利水準判断DIはどこまで上昇するのでしょうか。
本格的な金利上昇の局面に入っても、企業の前向きな投資や金融機関のサポートによって景気が冷え込むことなく適温を維持できるか、この先、景気判断DIと借入金利水準判断DIの関係にも注目していきたいと思います。
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