団塊の世代が後期高齢者となる2025年が迫り、会社勤めの現役世代が働きながら介護するのが一般的な時代になった。介護の担い手は「ビジネスケアラー」や「ワーキングケアラー」などと様々な呼称で注目を集めている。企業経営や生産性にも影響を及ぼすとして、介護と仕事の両立支援を強化すべく、企業も動き出した。
「離れて暮らす母に認知症の症状が出始め、数年後には徘徊(はいかい)で警察から連絡が来るようになった」。アフラック生命保険に勤める深出貴弘さん(48歳)は自身の状況を振り返る。15年、新潟県で営業として働いていた30代後半のときに、東京都内で一人暮らしをする母親が要介護認定を受けた。核家族で兄弟もいないため、頼れるのは自分だけだった。
日中はヘルパーやデイサービスを利用し、月に1〜2回は東京の実家に帰った。ケアマネジャーからは「エアコンが壊れた」「お財布のお金が足りない」などの日常の細かい連絡も多い。「丁寧な対応はありがたかったが、平日の連絡だったため、その度に仕事をしながら対応しなければいけないストレスもあった」という。20年には都内の高齢者施設への入居を決め、深出さん自身も現在は施設近くに住む。
そんな中、社内にある「介護コミュニティ」の存在を知り、参加するようになった。「自分の状況を話すことで、気持ちがかなり安定した」という。アフラックでは社員の高齢化を見据え、17年から介護問題への対応に着手してきた。19年に設立した介護コミュニティでの話し合いでは、社員同士が悩みや情報を共有する。
「ケアマネジャーにはどのくらいの頻度で会っている?」「災害が発生したときの実家の備えは?」。2カ月に1回のコミュニティでは、介護の専門家も交えて具体的な意見交換が行われる。育児などと比べて介護は個別性が高く、職場で話しづらい面もある。親の要介護レベルや介護を担う家族の人数など、社員ごとの状況は異なるものの、コミュニティは精神的な支えという役割を果たしている。
同社のダイバーシティ&インクルージョン推進部の木名瀬遥子課長代理は「生の声を聞くことで、会社にとっての実態や課題も見えてきた」と語る。23年には全社で介護実態調査を実施。介護中の社員(6.4%)も含め、3年以内に介護になる可能性がある社員が全体の5割近くにのぼることが分かった。
さらに、介護中の社員の3割が「上司に相談しない」と回答していた。家族の要介護度が上がり仕事への影響が深刻になった段階で、初めて上司に相談している場合が想定される。相談が遅れることで支援の機会を逃している可能性があるという課題も浮かび上がった。木名瀬氏は「(セミナーや独自の介護休暇など)制度は整えてきたが、相談しやすい風土づくりが大事」と今後注力するポイントについて話す。
経済産業省が23年に出した試算によると、ビジネスケアラーは30年時点で家族を介護する人の4割にあたる約318万人になり、経済損失額は約9兆円にのぼる。介護の担い手は40〜50代の働き盛りの社員が中心。人手不足が深刻な企業にとって生産性の低下や介護離職リスクは死活問題となる。経産省は経営者向けに両立支援のガイドラインも発表した。
「介護が必要と分かってからでは遅い」
介護関連など人事コンサルを手掛けるチェンジウェーブグループ(東京・港)の佐々木裕子社長CEOは「要介護申請やプロへの依頼など、何が必要か予備軍の段階で情報収集しておくことが肝心。介護が必要と分かってからでは遅い」と事前準備の重要性を強調する。
自身も遠距離に住む母が要支援になった際に、仕事を休んで実家に飛んだ。数日で介護ヘルパーの手配や地域のボランティア、宅配弁当など様々なサービスを利用する体制を整えた。現在はケアマネジャーと連絡を密に取りながら、仕事に全力を投じている。
佐々木氏は「介護でキャリアダウンするというイメージがあるが、公的サービスの利用などで十分仕事と両立できる。経営者は社員が支援制度にアクセスしやすいよう情報発信し、前向きに支える姿勢が必要」と指摘する。育児・介護休業法では企業に対して、最大93日間の介護休業や1年に5日までの介護休暇、時間外労働の制限、不利益取り扱いの禁止などを義務づけている。
本来であれば、長く付き添いたい人は介護休業、ケアマネジャーとの調整や通院には介護休暇を利用するなどと使い分けができる。だが、実際には介護休業などの制度を利用する人はこれまでは多くなかった。「周囲に迷惑がかかる」と社員が休みを取らず、会社側も実態を把握できていないケースが多かったことが一因だ。
「介護休暇をどう取ればいいのか知らない社員が意外にも多かった」と話すのは、大成建設の北迫泰行・人事部人財いきいき推進室長だ。大成建設は介護離職の防止に向け、10年という早い段階から社員への情報提供に注力してきた。「介護のしおり」などの資料を配布し、セミナーや相談体制を手厚く整備。事前の心構えや、お互いさま意識の醸成を進めてきた。
1月からは介護休暇を年10日から15日に拡充した。有給休暇で、時間単位での取得も可能だ。23年には241人が平均で約6日取得をしたが、それでも全社的な認知は途上だ。「介護に直面するまで自分事と捉えにくい」(北迫氏)ため、会社の支援制度が十分に活用されていないという課題があるという。
介護は社員が1人で抱え込みやすく、制度を利用する前に疲弊するケースも多い。一方、育児休業と異なり、介護だけに専念せずに両立体制をつくることは可能だ。高齢化社会が本格到来しつつある今、経営者には社員の介護問題を正面から積極的に支援する姿勢が求められている。
(日経ビジネス 薬文江)
[日経ビジネス電子版 2024年8月9日の記事を再構成]
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