三村 淳(みむら あつし)
昭和42年2月17日生 平成元年に旧大蔵省に入省。
在フランス日本大使館勤務や金融庁、国際決済銀行への出向を経験。
文書課長や大臣官房審議官(国際局担当)、国際局長を経て、ことし7月末 財務官に就任。
日本経済の明るい材料はしっかり数字に出ている
Q.FRBが4年半ぶりの利下げに踏み切ったが、外国為替市場では一時2円以上円安が進むなど不安定な状況だ。
8月上旬にも日経平均株価と外国為替市場が大きく乱高下したが、まだ金融市場の不安定さは残っているか?
「市場の混乱があった当時は、日本経済のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を見るとむしろ先行きは明るい方向なので、緊張感を持って見ていくが、あまりパニックになってはいけないということを申し上げた。
その後、1か月半がたって日本経済の明るい材料は一層しっかりと数字として出てきている。
GDPの第2四半期の数字はプラスにちゃんと戻っているし、初めて名目GDPが600兆円(年換算)に達した。
実質賃金も2か月連続でプラスになったし、最低賃金も引き上げられ、特に地方を中心にした中小企業やパートタイムの方の賃金に今後効いてくる。
“賃金と成長の好循環”につながることに加え、生産性の向上につながるような企業の設備投資も比較的よい数字が出ていて、日本経済が総じてみるとよい状況にあることがこの1か月半でさらに確認をされたと思う。
今後これらがしっかりとマーケットに反映されていくことが大事だ」
円キャリートレードのような動きがないよう絶えず市場を見ている
Q.過度な円安基調から転換するために日本経済には何が必要か?
「結局のところ、この30年間悩んできたデフレから完全脱却できるかできないかという点につきると思っている。
為替レートについては日米の金利差が反映されると言われるが、どうして日米の金利差が生じるかというと究極的にはインフレや物価動向が影響する。
日本ではデフレだったものが、足元では物価高や賃金の上昇が起きていてステージが変わったと思っている。
このデフレという問題がなくなっていくことが、おのずと日本の問題を変えていく大きなきっかけになると思う」
Q.ことしの外国為替市場の推移を見ると、7月に1ドル=161円台が続いた一方で、今月は1ドル=139円台まで円が値上がりしてドル円相場が20円以上変動している。
その要因をどう見ているか。
「私の立場でマーケットの変動について解説のようなことを言うのは控えたい。
そのうえで、低金利通貨の円を借りて高金利通貨であるドルで運用する「円キャリートレード」が7月末以降、急速に巻き戻されたことがマーケットの動きを大きくしたのではないかと言われてきた。
投機的と呼ぶかは別にして円キャリートレードのような動きは、足元では基本的には解消された状態だと思っている。
ただ、再びこのような動きが増えれば外国為替市場のボラティリティ(変動の度合い)が大きくなることにつながるかもしれないので、そういうことがないよう市場の動きを絶えず見ている状況だ」
市場介入の考え方は属人的に変わるものではない
Q.前任の財務官の神田氏は、おととし(2022年)とことしに市場介入を実施し、相場の急速な変動を抑える姿勢を明確にしていた。市場介入の考え方に違いはあるか?
「市場介入それ自体についての考え方は属人的に変わるものではない。
G7やG20で基本的な考え方は国際的に合意されているわけだから、共通した考え方の中でやっていく。
外国為替市場で、明らかにファンダメンタルズを離れて投機的な要因で非常にボラティリティが激しくなっていて、企業や個人の経済活動で不確実性やデメリットをもたらしていることがあれば対応する。
ただ、どういう形でマスコミやマーケットに発信をしていくか、コミュニケーションのやり方は人によっていろいろあるのではないか。
当たり前のことながら、その時々の状況に応じて、いつ・どこで誰に何を言うか、言わないかっていうのを考えるという意味で、家族だろうが友人だろうが同僚だろうが本質は同じだ。
市場介入を行った場合は、すぐにその場で公表するものもあるが、むしろ普通は公表しないことが多い。
それでも、投機筋と化かし合いをしているという意識はなく、こちらが裏を行けば向こうが裏の裏を行くみたいな状態はむしろ不幸ではないか。
基本的には、私たちのコミュニケーションは無用の不確実性や波乱要因をなくす方向で考えている」
国際会議で日本は独自の立ち位置にいる
Q.ロシアのウクライナ侵攻や気候変動などをめぐる問題では、G20などの国際会議の場で各国の利害が一致せず成果文書を出せないことが増えている。
この現状をどう考えるか?日本はどのような立場で議論をリードしていくのか?
「どうしても世の中的には、成果文書ができるかどうかに注目がいきがちだが、合意文書ができなかったらG20や国際会議に意味がないのかといえば全然そんなことはない。
世界的に難しい問題が山積している状況であるからこそ、G7の先進国や、インドなどグローバルサウスと呼ばれるような国々、アフリカなどの新興国が一堂に会して意見を交わすのは、実はものすごく貴重な場だ。
こうした中で、日本は独自の立ち位置にいる。
例えば、日本はG7の中では唯一欧米ではなくアジアの国であること。
軍事的な状況では、G7で唯一NATOの軍事同盟に加入していない。
宗教的にも他のG7各国の文化とは異なっている。
ロシアのウクライナ侵攻や、ガザをめぐる問題など地政学的な話では、アメリカやヨーロッパが言うよりも、むしろ日本が言う方が意外と耳を傾けていただける場面は結構ある。
いい立ち位置にいることは、国としての大きな資産だと思っているので、それをいかにうまく生かして国際交渉を進めるのかが財務官の重要な仕事の1つだ」
取材を終えて
三村財務官の趣味は旅行で、特に遺跡巡りが好きだという。
「好きな遺跡は、エジプトのアブシンベル宮殿、中国の敦煌、カンボジアのアンコールワット…このポストは旅行が嫌いな人は絶対やってはいけないと思う」と話す様子が印象的だった。
財務官は国際会議をはじめ海外出張が多い。
日本の国益を背負う厳しい交渉が続き、タイトなスケジュールの中で時差で睡魔に襲われることも多いという。
それでも、飛行機に乗って異国の地に足を踏み入れることができ、街の雰囲気をわずかでも感じられると前向きに捉えられるからこそ、ハードな局面も乗り切れるという。
今後もアメリカ大統領選挙や各国の中央銀行の動向など不確実性が高いイベントは続く。
また、三村財務官は、国際金融や地政学的な観点で、数十年に一度しか起きないような“複合的な危機”が起こっていると指摘する。
10月以降、G20などの国際会議が続くが、議論をリードするその手腕が注目される。
注目予定
来週、最も注目されるのが27日に投開票が行われる自民党総裁選だ。
今後の経済政策や金融政策の行方がどうなるのか市場からの関心も高い。
また26日には、日銀が追加利上げを決めた7月の金融政策決定会合の議事録が公表される。
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