門間箪笥店の7代目、門間一泰社長(写真=尾苗清)

「思い切って海外に路面店を出したことによって、現地で世界観をしっかり示せるようになった」

仙台市に本社を置く門間箪笥(たんす)店の7代目、門間一泰社長はこう話す。1872(明治5)年創業の同社は香港の高級住宅地「ハッピーバレー」の家具街に出店。売上高は先代までの3倍の約1億円となり、海外が8割を占める。

伝統工芸など手仕事によるものづくり市場は縮小が続いている。国が指定する「伝統的工芸品」の場合、生産額が1998年度の2784億円から2020年度に870億円と3割ほどまで減少し、働く従業員の数も半減している。もともと規模が小さい事業者が多く、廃業も後を絶たない。

国内市場の縮小が進む中、伝統工芸など「匠(たくみ)」の技にこだわる会社では、高付加価値な製品づくりなどによって海外に活路を見いだす動きが進む。日本貿易振興機構(ジェトロ)は、伝統工芸品などの輸出を支援するプロジェクト「TAKUMI NEXT」を19年度から実施。23年度は過去最多の190社が採択となった。ジェトロの牧野直史氏は「国内の事業者サイドも、海外のバイヤーサイドも、関心が強まっている」と話す。同プロジェクトは24年度も実施する。

実用よりも調度品

門間箪笥店が手掛ける仙台たんすは江戸末期に生まれ、地場産業として成長。堅固で重厚なことで知られ、うるし塗り、模様を施した金具などの特徴がある。国、宮城県の伝統的工芸品に指定されているが、国内では生活様式の変化によって時代とともに市場が縮み、同社も一時、廃業の危機にあった。

門間氏は家業に加わると経営改革を実施。販路開拓のためにまず東京の百貨店の展示会に出展したが、成果が上がらなかった。曲折を経て活路を開いたのが、香港の富裕層向けの市場だ。国の補助金も活用しながら香港のギャラリーで展示販売会を開くと現地の日系百貨店の担当者の目に留まり、15年から百貨店で期間限定の販売をスタート。市場開拓のためモダンなデザインにも取り組んでいたが、香港では伝統的なデザインが人気となった。「木目の美しさが好まれるほか、風水で縁起がよいとされる竜などをデザインした金具も人気」(門間氏)。品ぞろえを現地に合わせながら常設での販売にこぎ着けた。

門間氏によると、香港では実用品でなく調度品や美術品として購入され、自宅にお客を頻繁に招く富裕層がリビングに置くことが多い。売れ筋は200万円ほどのたんすで、輸送費がかかるため日本の約2倍で販売する。オーダー品が多く、金具のデザインに顧客の子供が描いた絵を使ったこともある。

路面店は新型コロナウイルス禍で家賃が下がった21年に開設。香港出身で日本に留学経験のある人を本社で雇用して現地スタッフとの連携を強化する。ユーチューブなども活用しながら手仕事の現場が分かる資料をそろえ、顧客基盤を広げる。

門間箪笥店が香港に出店した路面店

今後は工芸品を生かした住宅のリフォームやリノベーションなどのサービスも手掛けたい考えで、シンガポールなど販売エリアの拡大も模索する。香港でコンサルティングを手掛ける港日商務研究中心の古田茂美代表は「同社の取り組みは日本の伝統工芸の老舗がグローバル化できることを示す」と話す。新たなビジネスモデルとして地元の名門、香港科技大学の若手研究者が調査を行い、成果を同大で発表報告する。

自社以外の伝統工芸品を海外販売する橋渡しにも取り組んでいる。23年11月から3カ月間、山形県の受託事業で同県の20社の工芸品を香港で販売したところ約300万円分が売れた。門間氏は「伝統工芸で海外進出したい人はいても実践する人は少ない。一歩踏み出すかどうかが大きい」と話す。

輪島塗の職人と連携

伝統工芸など手仕事の比率が高い製品を海外の富裕層に売る大きなポイントが、技術の確かさだ。門間氏も「伝統工芸品は品質が高く、海外の富裕層向けビジネスにはチャンスがある」と実感する。

世界のラグジュアリービジネスを研究する大阪大学大学院のピエール=イヴ・ドンゼ教授は「日本の職人に対する海外の評価は非常に高い」と指摘する。海外のラグジュアリー企業も注目。高級ブランドの世界最大手仏LVMHモエヘネシー・ルイヴィトングループが日本のものづくり会社と連携するなど、製品開発のパートナー化が進む。

規模は大きく違うが、国内の中小企業の中には、それまで伝統工芸に縁がなくとも、海外ビジネスに合った人材を生かすことで実績を上げるところが出てきている。高級万年筆を手掛けるワンチャー(大分県豊後高田市)は、石川県の輪島塗など国内7カ所の産地の職人がものづくりに携わり、1本30万円ほどの製品も扱う。同社は売上高約3億円の7割を海外販売が占める。大半はインターネット経由だが、パリでは販売スペースを確保し、実店舗内でも販売する。岡垣太造社長は「誰もが使える道具に日本の伝統工芸を融合させ世界中に発信する」と意気込む。顧客は米国を中心とした万年筆の愛好家が多い。

ワンチャーの手掛ける製品(写真=菅敏一)

貿易会社を経営していた岡垣氏は高級万年筆などの輸出入を手掛ける中で海外のネットワークが拡大。日本の伝統工芸は海外で評価が高く、その技術や感性を取り入れた自社ブランドを立ち上げようと考えた。伝統工芸につてはなかったが工芸産地の会社、関連団体を探すところから始め、職人とのパイプを地道につくった。

販売面では海外の高級品市場を開拓するため、近くの立命館アジア太平洋大学(大分県別府市)の留学生を積極的に採用している。現在は12人の正社員のうち9人が外国人であり、社内の「公用語」も英語だという。「人手不足の中、特に地方は優秀な人材の確保が大変だが、留学生は語学力があり、ビジネスへのモチベーションも高い」(岡垣氏)。社員は職人の下を訪問しながら加工方法や特徴などを詳しく聞き取り、ホームページなどで発信する。これが同社の強みになっている。外国人の社員は5年ほどで同社を離れることが多いが、帰国後に会社を設立し、現地でワンチャーの販路拡大に貢献するケースもある。

ワンチャーは外国人の社員が多い(左から3人目が岡垣社長、写真=菅敏一)

ブランドづくりがカギ

伝統工芸などの手仕事の比率が高い製品によって海外の富裕層市場を開拓する動きはさまざまな形で進むが、国内はニッチ分野のスモールビジネスが多い。資本力のある海外のラグジュアリー企業との差は大きくすぐに埋められないものの、ビジネスとして次のステージを目指す上でカギを握るのがブランドづくりだ。

ドンゼ教授は「日本の企業が『最高級ものづくり』であるのに対して、欧州のラグジュアリー企業は『夢づくり』を行っている。製品に加えて物語を提供する必要がある」と指摘する。ドンゼ教授によると、欧州のラグジュアリー企業は歴史、伝統を必ずしもそのまま提示するのではない。顧客に自社の製品やブランドとして発信したいメッセージに合致した要素を選択するなどして「ヘリテージ(遺産・伝統)」として構築。こうして「資源化」し、大きな物語を提供していることがビッグビジネスにつながる一因だという。

インバウンド(訪日外国人)でにぎわう羽田空港第3ターミナル出国エリア。海外の富裕層向けブランドの免税店が並ぶ一角に23年12月、国内の優れた素材やものづくりの技術を生かしたラグジュアリーブランド「ジャパン マスタリー コレクション(JMC)」が開業した。立ち上げた大西洋氏は三越伊勢丹ホールディングスの元社長で「ミスター百貨店」とも呼ばれただけに、「オールジャパン」の取り組みに関係者の期待は高い。

「ジャパン マスタリー コレクション」の大西洋氏(写真=栗原克己)

同店は日本空港ビルデングの子会社で、大西氏が社長を務める羽田未来総合研究所が運営する。店内は伝統工芸と職人にフォーカスして着物とニットを組み合わせた製品など、伝統技術を生かしたファッションブランドの製品や現代の生活様式に合わせた伝統工芸品などが並ぶ。同社バイヤーが全国に足を運んで30地域から選んだ約400アイテムがそろう。大西氏は「百貨店時代から、それぞれの地域ならではの強みを生かしたいと考えており、その思いは変わらない。オールジャパンで取り組み、伝統工芸を世界に発信できる場をつくっていきたい」と意気込む。

商品の7割にはQRコードを付け、スマホで読み込むと製品のストーリーなどを知ることができる。売上高は当初目標を3割強上回るなど滑り出しは順調。平均販売価格は約3万円台で、数分間の店舗滞在で数百万円する製品を購入するインバウンド客もいる。

力を入れるオリジナル品は2割ほどのため、店舗は現在セレクトショップに近いが、3〜5年ほどかけてオリジナル品の比率を8割ほどに高め、ブランドづくりを進める。空港以外での展開も視野に入れ、大西氏は「日本各地には歴史と伝統に根ざした価値ある製品が多くあり、世界に通用する。バイヤーを強化しながらビジネスを伸ばしたい」と話す。

JMCとも取引するソメスサドル(北海道砂川市)は手仕事の強みを生かしながらブランドづくりに長く取り組むことで知られる。馬具の製造から始めバッグなどに進出した経緯がフランスのラグジュアリーブランドの「エルメス」と重なることから「和製エルメス」とも呼ばれる。バッグは10万円台が主力で35万円の製品もある。同社は東京・銀座の複合施設「GINZA SIX(ギンザシックス)」内などに直営店・インショップが11店があり、最近はインバウンド客の増加が目立つ。染谷昇会長は「海外での展開を目指しており、いろいろな話も届いている」と話す。

社員約130人の同社は1964年、地元の炭鉱閉山後、雇用創出を目的に北海道内の農耕馬の馬具職人を集めて製造を開始した。しかし、70年代に経営が一時悪化。当時、ドイツの見本市に出店した染谷氏はエルメスのパリの本店を訪問。「雲の上の存在だと思ったが、大きなインパクトを受けた」(染谷氏)。これをきっかけに馬具づくりの技術を生かした革製バッグなどの製造に本格的に参入。アパレルのOEM(相手先ブランドによる生産)から始めてノウハウを積み85年、自社ブランドを立ち上げた。馬具で培ったシンプルで機能的なデザインが特徴で、手作業のこだわりを生かすため職人も時間をかけて育てる。

現在は売上高の7割を革製品が占める。ブランディングにも本格的に取り組み、95年には工場、事務所、販売店を併設した「砂川ファクトリー」が完成。美しい赤れんがづくりの建物は同社のブランドづくりを体現する。

ソメスサドルの染谷昇会長(写真=船戸俊一)

バッグなどの本格的な海外展開はこれからだが、祖業の馬具は一足先に競馬用のくらを海外の有力騎手も採用。フランスの有力レース「凱旋門賞」の優勝馬にも使われるなど高い評価を集める。染谷氏は「日本のものづくりは海外で高く評価されており、ブランドづくりを進めながら海外展開につなげていきたい」と話す。

(日経ビジネス 中沢康彦)

[日経ビジネス電子版 2024年5月24日の記事を再構成]

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