発電効率

「曲がる太陽電池」(ペロブスカイト太陽電池)の基となる技術は、日本の科学者たちが開発した。さらに主な発電素材として使われるヨウ素は国産で賄えるし、日本は優れた生産技術も持っている。政府が産業政策として、研究開発補助金を投入してでも育成したい理由はここにある。


産業技術総合研究所の村上拓郎氏(筆者撮影)

ただ、商品販売を本格軌道に乗せるには、超えなければならないハードルがいくつか残っている。その一つが、光エネルギーを使って、どの程度の電気を得られるかという「発電(変換)効率」だ。国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研)で有機系太陽電池の研究チームを率いる村上拓郎氏はこう説明する。

「太陽電池は小さいほど電気を取り出す効率が良くなる。学術論文などでは太陽電池を数ミリ四方の小さな正方形にしているので、『曲がる太陽電池』の発電効率24~25%という高い値が報告されている。しかし、商品化のため面積を大きくすればするほど、電気抵抗が増したり、材料内部に穴ができたりするので、発電効率は落ちてしまう」

実際、曲がる太陽電池の発電効率は、積水化学工業が30センチ四方の大きさで最大15%、東芝は703平方センチで同16.6%にとどまる。産総研は「現状ではペロブスカイト太陽電池の発電効率は既存のシリコン太陽電池よりも低い」としており、将来の課題だ。

湿気との戦い

「曲がる太陽電池」はまた、極端に湿気に弱い。保護フィルムが付いていない状態で発電層を指でつまんだり、息を吹きかけたりすると、すぐに変色して使えなくなるという。

湿気を遮断するには、発電層を保護するバリアフィルムの品質が問われる。産総研の村上氏は、「意外に思うかもしれないが、例えばペットボトルを作るPET樹脂フィルム1平方メートルで数十グラム程度の水が1日で通過してしまう。『曲がる太陽電池』に使おうとしたら、水が通る量を10万分の1まで少なくしないといけない」と話す。


(左)産業技術総合研究所の実験室、(右)湿度1%以下に保つため、大型の除湿装置が別室に備えられている(筆者撮影)

こうした特殊なフィルムは「最大のコスト高要因であり、いかに安くするかを各社が競っている」(東芝エネルギーシステムズのペロブスカイト太陽電池開発グループ主務、淺谷剛氏)のが実情だ。さらにカバーのフィルムを貼り付ける接着剤の外側のわずかな隙間からも湿気が忍び込んでくる。積水化学は、同社独自の「封止」(ふうし)技術を活かして水分侵入を防ぐ。

太陽電池は直射日光や雨、風といった過酷な自然環境にさらされる。ガラスケースに覆われた既存のシリコン型の耐久期間は25年なのに対し、「曲がる太陽電池」は現状では10年。積水化学は「来年にも20年を目指す」としている。

シリコン太陽電池のトラウマ

技術的には開発途上でも積水化学は2025年に、東芝は2025~30年度の早いうちに新商品の発売に踏み切る。脱炭素を掲げる岸田文雄首相が、実用化のめどを「2025年」と表明したことが弾みになっている。

それ以上に商品化を急ぐ最大の理由は、海外のライバル企業との先陣争いだ。中国の大正微納科技が23年、大型生産ライン構築に動き出したほか、英オックスフォード大学のベンチャー企業は25年に大量生産を計画。海外勢は必ずしも競合するような商品を出すとは限らないが、日本企業にとって、完璧な商品ができるまで発売を控えるような時間の猶予はない。

一番乗りを果たしたとしても、その後は過酷な競争が待ち受けている。日本はかつてシリコン太陽電池で苦杯をなめた経験がある。2000~07年まで、国際市場では日本が世界1の座にあり、シェアが一時50%に達したこともあった。ところが、08年以降は安い中国製品に席巻され、今では日本国内も含めてほとんどが中国製だ。

日本企業は新型太陽電池でいくつかの優れた技術を持っているが、「シリコン太陽電池と同じことが起きないようにするには、従来とは異なり、国から量産化に向けた支援を強化してもらい、品質とコストの両面で勝たないといけない」と、積水化学PVプロジェクトヘッドの森田健晴氏は強調する。

経営の論理と政府の思惑

「曲がる太陽電池」は発電素材そのものが安価でも、バリアフィルムなど周辺素材が高価な上、生産当初は設備投資の負担が重く、コストがかさむ。また、耐久性や発電効率も開発途上であり、既存のシリコン太陽電池と同じ土俵で戦おうとすると、価格競争から赤字販売を強いられる恐れがある。

各社は「曲がる太陽電池」について、シリコン太陽電池を設置できないようなところで使える「利便性が売り」だとし、「シリコンとは違う市場を目指す」(東芝エネルギーシステムズの次世代太陽電池事業戦略グループ長、櫻井雄介氏)。各社は当面、コストに見合った価格で買ってもらえるように、比較的ニッチな市場を視野に入れているようだ。ある程度、需要が拡大し量産体制に入れば、コスト削減もできると踏んでいる。

一方、このような「すみ分け」という経営の論理に対し、「政府は黙っていない」と、ある関係者は打ち明ける。政府は2050年の脱炭素に向けて、再生可能エネルギーを「主力電源として最大限の導入」(エネルギー基本計画)を目指しており、新型太陽電池についても部分的にではなく、もっと広範に普及させたいと強調する。原材料のヨウ素も含めてほぼ国産であり、エネルギー安全保障の観点からも重視されている。

「政府の言う通りにしたら、初期段階では採算が取れないような分野にも『曲がる太陽電池』を投入することになりかねない。単純に実現しようとすると赤字に陥る」と、この関係者は懸念。業界やユーザーの自治体は政府に対し、販売先を広げるなら、補助金を含めた国の支援が欠かせないと訴えていた。

時事通信の報道によると、経済産業省は2025年度予算の概算要求で、ペロブスカイト太陽電池(曲がる太陽電池)など革新的な脱炭素に寄与する製品の国内供給網構築に2555億円を求める方針だ。

将来の主戦場は海外市場

新型太陽電池の普及に向け、資源エネルギー庁は5月、官民協議会を立ち上げた。参加者には太陽光発電関連メーカーの顔が並ぶ。一方、ユーザー側として日本経済団体連合会や日本商工会議所など経済団体のほか、JR各社に建設、住宅、不動産、そして全国100以上の自治体がずらりと名を連ねる。自治体が多いのは、新型太陽電池を設置できそうな公共施設を抱えているからだ。

協議会の目的の一つは「需要の創出」。新型太陽電池の船出を後押しするため、ユーザーの協力を取り付けるというものだ。同時に太陽電池メーカーは「生産体制の整備」が求められている。業界からは「どこに設置してもらえるか目標値を決めてほしい。それが見えてこないと、工場を作れと言われても社内決済が通らない」と本音が漏れる。

メーカーは当面、国内市場での普及に注力しているが、将来の主戦場は国際市場だ。経済調査会社の富士経済によると、「曲がる太陽電池」の市場規模は2040年には国内が233億円程度の見通しなのに対し、海外では100倍以上の2兆4000億円にまで膨らむと予測されている。

産総研の村上氏は、「新型太陽電池は発売したらおしまいではなくて、技術開発を継続していかないといけない。また海外にどんどん展開していかないと本当の意味での量産効果は出ず、値段も十分下がらない。現在は日本企業の技術が世界的に優位に立っているが、手をこまねいていると、シリコン太陽電池と同様に中国企業に市場を取られてしまいかねない」とみている。

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