従業員の能力や価値観を重視した人的資本経営に注目が集まっている。人材採用や育成の体制を整備し、従業員の健康状態を改善し、一人ひとりの幸福感を向上させていく施策を打つことで、中長期的な企業価値を向上させていく経営の在り方だ。一人ひとりに重きを置く分、従業員は自律性やスキルアップが求められていく。
人的資本経営の取り組みを強化する企業は、これからどんな人材を求めていくのか。従業員にどんなことを期待しているのか。パーソルホールディングス(HD)人事本部執行役員CHRO(最高人事責任者)の美濃啓貴氏に聞いた。
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――2030年にはどのような人材が求められると思いますか。
「多様性を力に変えられるリーダーだと思います。最近は『多様性ってちょっと面倒くさくない?』みたいな、同質性に回帰したい雰囲気を社会的に少し感じます。多様性が認められる安心安全な世界であると同時に、昭和的な『(みんなで)頑張ろうぜ』というのもできるといいですよね。その両面がある人がいいと思います」
「これまでの管理職の役割は、同質性の組織をつくって、モチベーションの火を付けることでした。今は、個人の多様な価値観を認めながら、組織を維持し、組織力を向上させるという、とても高度なマネジメントスキルが求められていると思います」
「パーソルHDのリーダー研修では、『Do』と『Be』を融合させると言っています。言い換えると『決断力』と『共感力』です。Do(決断力)は方向性を決めて、KPI(重要業績評価指標)を管理しながら、結果に導くこと。これに加えて、安心安全な場をつくって、一人ひとりの力を引き出していくBe(共感力)のリーダーシップも必要です。現状では、ベテラン管理職はDoが強くて、若手管理職はBeが強い傾向があります。バランスが取れているというよりは、両方に圧倒的に強い管理職の育成を目指しています」
――「決断力」と「共感力」を兼ね備えたリーダー育成に向けた取り組みを教えてください。
「土台として、17年から全管理職に着任時研修を実施しており、グループ全体の行動指針や経営理念を教えています。その上で、課長向け、部長向け、本部長向けの選抜研修やグループの垣根を越えた交流研修もやっています。これに加えて、23年からDoとBeを強化する研修を設けています」
「会社の幹部や経営者になる上で必要なコンピテンシー(知識やスキルを使いこなす能力)を14項目定めて、全社員に開示しています。管理職にはセルフアセスメント(自己評価)できるツールを提供し、実施した人は『最高のリーダー研修』という新しい研修に応募できる制度を導入しました。自発的にセルフアセスメントした管理職は7割以上です。昨年の研修では仏教の修行体験や、脳科学を活用した無意識の深層構造へのアプローチなどを実施しました。倍率は6倍ほどと好評でした」
「基本的には、DoもBeも内省が大事で、いかに自分の源につながれるかが軸になっています。社会や会社で何を成し遂げたいかを考える。そのきっかけのツールとして、仏教の修行などを提供しています。本当に自分がやりたいことに気がつき、それを日常に生かせるように研修内容を考えています」
「この3年間で10の研修プログラムをつくって、その中で好評だったものを次の3年間でもう一度やるかを考える予定です。今後は自己評価を通じて弱点を洗い出し、それに合わせた研修を試行錯誤してつくっていければと思っています」
――30年に向けて、人材面で取り組むべき課題を教えてください。
「人事KPIというか、人事として見ていく指標を少し変えようと思っています。例えば、今は平均残業時間をKPIとして見ていますが、これを残業実質ゼロ社員比率にすることを考えています。残業しなくても管理職になれる、残業しなくても会社で活躍できる状態にしたい。一方で、最近の若者は成長を実感できない『ゆるブラック企業』を敬遠し、ガツガツ働きたい人もいます。なので、会社としては残業実質ゼロを7割ぐらいにしつつ、時間外労働の労使協定(36協定)の中でたくさん働くこともできるようにする。これにより、より多様な価値観の人が働ける会社になると思い、検討しています」
人材の採用から戦力化を担うのは管理職
「育成に関しては、1人当たりの研修費と研修時間をモニタリングして開示していますが、これだとお金のかかる研修をたくさんするほど、人を育てている会社ということになってしまいます。我々は社員の行動変化につながる効果的な研修をできるだけ低コストかつ短時間でやりたいので、それを測れるオリジナルな指標をつくり出そうと模索中です。採用、育成、定着、労働時間以外にも色々な点において、人事KPIを少し変えるだけで人事の行動が変わってくると思います」
「いい人を採用して、育成して、定着させて、それを事業の力に変えていくという役割を担っているのは、人事というよりも現場の管理職一人ひとりです。だからこそ、管理職を最高のリーダーにするための取り組みに注力しているのです」
――管理職罰ゲームという言葉が生まれているように、管理職の負担が問題視されている点はどうお考えですか。
「管理職をいかに楽にするか。余白の時間をつくって、その分でもっと成長してもらいたい。そのために、管理職のスパン・オブ・コントロール(1人の上司が管理できる部下の数)を研究しようとしています」
「部下の数が1人の管理職につき『10人以下』『20〜30人』『100人以上』の3タイプに分けて、求められるマネジャーの役割や、最低限すべき行動などを定義しようと取り組んでいます。パーソル内で見ると、7割の管理職が10人以下の5〜8人ぐらいのメンバーを見ています。この人数ならそんなに大変じゃない。残りの3割は20〜30人の部下を持つ管理職と、100人以上の部下を持つ管理職です。コールセンターなどはどうしても100人以上の部下を持つことになってしまうのです」
「一方で仮に『管理職は全員、部下を10人以下にする』と言ってみても、コストが上がってしまうし、それだけの管理職を急に増やすのも無理でしょう。そういう意味では、20〜30人とか、100人以上の部下たちが気持ちよく働けて、成果を出せる組織づくりを模索した方がいいだろうと今は考えています」
IT人材の社内育成に試行錯誤
――IT(情報技術)人材の社内育成にも力を入れています。どの業界でもIT人材が不足する中で、社内で育成したくても、ゼロから教えるノウハウがない企業も多いです。どのようにリスキリング(学び直し)を行っているのでしょうか。
「リスキリングに関しては3つのやり方を試しています。1つ目は社内公募。手を挙げた人の中から合格者を選び、半年間、持ち場の仕事をせずに詰め込み教育して、情報セキュリティーエンジニアとして配属します。2つ目は通常の社内異動。ITの部署に異動後、1年かけて仕事ができるように教育します。こちらは徐々に異動先の仕事もやりながら、勉強します」
「最後は、ITのリスキリングをしたい人に向けた勉強会です。通常業務を続けながら、勉強会に参加してもらい、その中の一部に異動してもらうパターンです。2番目と3番目は、システム開発やデジタルトランスフォーメーション(DX)の人材を想定しています。社内の業務アプリケーション開発などに関わる人が増えています」
「3パターンを試した結果、我々が手応えを感じているのは1番目と2番目の方法です。社内公募の人は自ら立候補しているので一番モチベーションが高いですね。2番目の社内異動の人も、出口が決まっているので、『1年間で勉強しなくては』とやる気になります。3番目も挙手制ではありますが、実務経験がなかなか積めないため、知識から実力につなげるのが難しくなる段階が来てしまうため、最初の2つの方法に手応えを感じています」
――リスキリングで特に苦労していることは何でしょうか。
「やはり詰め込み教育のモチベーション維持に一番苦労しています。最初はやる気があるのですが、どうしても下がってきてしまうものです。そこで、隔週ごとにキャリアコーチを付けて、今勉強していることがキャリアにどう役立つのかなど、モチベーションを上げてくれる人が付くサービスを活用しています。技術的なことを教えてくれるテクニカルコーチもいるのですが、キャリアコーチは特に評判がいいですね」
「面談をしながらモチベーションを維持できれば、メインの学習はベネッセコーポレーションの社会人向け教育サービス『Udemy(ユーデミー)』で十分に事足りると考えています。一部、社内のワークショップや、社内講師による勉強会も織り交ぜて、ユーデミーによる自学自習を半分、社内の独自プログラムを半分くらいです。モチベーションさえ維持できれば、頑張って勉強して力を付けることができる。そのためにも、勉強した人の出口を明確に定めて、最初に配置を決めるのがいいと思います」
――全く仕事はさせずに、詰め込み教育だけをするというのは相当な覚悟が必要ですね。
「そうですね。情報セキュリティーエンジニアは外部にもほぼいないので、そこに関してはがっつり勉強してもらう必要があるだろうと腹をくくりました。2番目のパターンも仕事をしながら勉強と言いつつも、実際、最初の半年ぐらいはほぼ仕事はせずに勉強が中心です。そうしないと(エンジニアとしての)仕事ができないですから」
「初年度(22年度)は、3パターンそれぞれに10人ほど、計約30人で実施しました。卒業生が増えると彼・彼女らが教えてくれるので、倍々に増やせるのではないかと考えています。22年度に参加した人たちの中から、どのような人が特に活躍したかというデータは取れてきているので、徐々に性格適性をデータ化できればいいのですが、まだ道半ばです。肌感覚ですが、5年くらいするとだいたいの傾向は見えてくるのではないかと思っています」
(日経ビジネス 藤原明穂)
[日経ビジネス電子版 2024年5月21日の記事を再構成]
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