中国・上海の中心部にある大型ショッピングモール「美羅城」。4月下旬、日本料理をはじめとする飲食店が数多く立ち並ぶ地下1階に足を運ぶと、ひときわ長い行列ができている店舗があった。
「肉肉大米」。外食大手の物語コーポレーションが上海を中心に中国で展開するハンバーグ店だ。店舗内ではハンバーグの下ごしらえや焼く様子を見ることができ、チーズのトッピングなどは顧客の目の前で仕上げてくれる。
ハンバーグ単品だけでなく、ブロッコリーとご飯、味噌汁、卵をセットとして提供する。通常のハンバーグ2個のセットの場合、価格は68元(約1460円)となる。物語コーポによれば、通常に加えて、チーズ、期間限定のハンバーグ3個セット(98元)が人気だという。
中国本土で10店舗を突破
物語コーポは2022年11月に、中国での新業態として肉肉大米を開始した。6月末時点で、中国本土の店舗数は13に拡大した。
世界各国の料理がひしめき、人気の移り変わりが早い中国の外食産業の中で、長期にわたって人気を維持していると言えそうだ。物語コーポの上級執行役員で、海外事業本部でマーケティング担当を務める堀誠氏は、「業態の開始から1年半がたち、中国での事業が軌道に乗ってきた」と語る。
ハンバーグという日本では展開していない業態で、中国での成功を収めつつある物語コーポ。日本で成功した業態をアレンジして展開する日本企業が多い中、あえて新業態で挑戦したのはなぜか。
物語コーポが中国に進出したのは、10年以上前にさかのぼる。「当時は海外での人材育成の狙いもあったほか、日本でも『開発型企業』として様々な業態を開発して成長してきた」(堀氏)こともあり、中国でも新業態の開発を基本戦略として進めてきたという。
堀氏が中心となり、肉肉大米の企画がスタートしたのは22年春。上海ではロックダウン(都市封鎖)が実施され、行動制限に苦しんでいたタイミングだった。中華料理だけでなく日本料理や西洋料理など多種多様な料理が乱立する中、「中国人のニーズをそぎ落としていくと、最終的に『肉』をおかずに『米』を食べるのが好きというシンプルな結論に至った」と堀氏は振り返る。
物語コーポは日本で「焼肉きんぐ」を筆頭に、数多くの焼き肉業態を展開してきた実績がある。中国でも焼き肉業態を手掛けていたが、新業態では焼き肉ではなくハンバーグを選んだ。「中国では焼き肉は韓国式が主流で、日本式の焼き肉では日本人がメインの顧客となり事業の拡大が見込めない」(堀氏)ためだ。
もっとも、ハンバーグ業態を展開するには課題があった。中国の消費者の中には「ひき肉」に対する不信感があるからだ。「ひき肉=品質の悪い肉」というイメージを持つ中国人は多く、中華料理の代名詞と言えるギョーザでさえ「どんな肉を使っているかわからないから食べない」(上海在住の20代女性)という中国人も存在する。
実際、事業展開に当たってハンバーグをメインにした店舗は少なかったという。「社内でもハンバーグをメインにすることに反対意見があった」と堀氏は振り返る。
いかに中国人消費者のひき肉への不信感を払拭するか。堀氏が考え付いたのが、冒頭で紹介した仕込みを含めた調理過程を公開することだった。「顧客の目の前で調理していくことで、安心感を得ることができる」(堀氏)と考えたわけだ。
実際に新業態をオープンすると、この狙いは的中。食の安全性をアピールすることに加えて、目の前での調理というパフォーマンスが中国人の心をつかんだ。見せる店舗が、女性を中心に「映え」を重視する若者が訪れるようになったという。
中国では模倣店も出現
ハンバーグ業態をヒットさせた物語コーポだが、中国では新たな悩みも出てきた。中国の地場企業が、類似業態を展開し始めているのだ。
その1つが蘇州で展開する「肉塔塔 挽肉大米」。5月上旬に店舗を訪れると、店内のレイアウトや看板は物語コーポの肉肉大米とうり二つ。メニューや価格設定もほぼ同じで、店内調理で消費者にハンバーグを提供してくれる。ただ類似業態を展開する店舗では、物語コーポの料理画像などを無断で流用していることもあるようだ。
「ハンバーグというマーケットが広がることにつながるため、同業が登場するのはウエルカムだ。だが、料理の提供スタイルや店舗デザインがまねされることは、我々のブランド毀損につながりかねない」と、堀氏は口にする。
物語コーポは25年6月期までの中期経営計画「ビジョン2025」で、日本と海外で「業態開発型のリーディングカンパニー」となることを掲げている。「肉肉大米だけでなく様々な新規業態を開発し中国全土で展開していきたい」と堀氏は力を込める。
不動産バブル崩壊をきっかけに景気低迷がささやかれる中国。節約志向が高まる中でアイデアを武器に第2、第3の新業態を生み出していけるか。「開発型企業」としての物語コーポの手腕が問われることになる。
(日経BP上海支局 佐伯真也)
[日経ビジネス電子版 2024年5月16日の記事を再構成]
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