セブン&アイ・ホールディングスが同業を買収ではなく、セブン&アイHDに同業が買収提案。これまで最強小売りとして海外企業にM&A(合併・買収)をしてきたが、逆の展開に一報を「2度見」した人も多い。実現には様々な課題がある中、一つが複雑な日本型コンビニエンスストアを外資が運営できるのかということ。今回のM&Aには資本の論理にとどまらない社会・文化的な論争も浮上してくる。

セブン&アイHDが「サークルK」などを展開するカナダのコンビニエンスストア大手、アリマンタシォン・クシュタールから買収提案を受けていると発表した翌日の20日。セブン&アイHDの幹部の1人は「はたして(中核企業の)セブンイレブンの経営の仕組みをどこまで知っているのだろう」と首をかしげた。日々当たり前のように鮮度の高いおにぎりや弁当、パンなどを作り、店に供給するセブン―イレブン・ジャパンのサプライチェーン(供給網)は実にきめ細かい「芸当」で成り立っている。

アニメ、漫画、そしてコンビニ

日本のコンビニ商品の品質の良さと安さに、インバウンド(訪日外国人)は一様に感激する。「ふわふわ感」「もっちり感」など独特の食感のサンドイッチが飛ぶように売れ、おにぎり、スイーツなども人気だ。デザイナーが手がけたファミリーマートの靴下やハンカチも関心が高い。今や日本のコンビニはアニメや漫画に並ぶ日本の「ソフトカルチャー」の代表と言っていい。

戦後の日本で自動車、電化製品、スポーツ、ライフスタイルまで海外のコンテンツを改良し、国内市場に応じたモデルに育て上げるのは日本企業のお家芸の一つだった。スーパー、ドラッグストアなど小売業も同じ流れにあるが、とりわけセブンイレブンは「日米逆転」まで起こし、コンビニをまるで日本の文化とみなされるまで磨き上げた。

なぜそこまで発展したのか? 看板やフランチャイズチェーン(FC)など米社が運営するセブンイレブンの基本モデルを導入しつつも、ものづくりや単品管理、出店方法などコンビニを日本社会で受け入れられる内容に「換骨奪胎」したことに尽きる。

米国のファストフードや既存のメーカーからの仕入れに頼らず、おにぎりや弁当など家庭で作られている食を自ら開発。働く女性や単身世帯が増えると日持ちのする総菜やラーメン、そばなど日常生活をまるごと支える売り場に進化させていった。

生活に必要なものはおおむねそろう(セブンプレミアム商品のラインアップ)

しかも作り込みも芸が細かい。セブン自ら全国各地の生産工場を束ね、製販一体型で商品の改良を重ねる。そしてコメやノリ、梅干し、小麦粉など原料購入まで関与する。そして欠品を極限まで減らし、常に鮮度の高いものを常時並べる。もちろん味へのこだわりも強い。すでに発売中の食品でも味が落ちたと判断されると、店頭から撤去される。かつて売上換算で数千万円分が廃棄されたケースも珍しくない。

こうした日本型コンビニが成功し、経営の多角化に失敗した米セブンの運営元、サウスランド社を逆に買収するまでに至る。今回、カナダ社が買収するとなれば、再逆転劇となる。現時点でカナダ社の買収後の戦略は分かっていない。ただ今回の買収交渉は社会・文化に根ざしたセブンだけに、消費者の支持など資本の論理だけではない要素が絡んでくる。

「北米のコンビニとは別物」

日本と世界との文化・社会風土の違いに伴う経営戦略本を執筆するピーター・F・ドラッカー経営大学院の山脇秀樹教授は「海外企業が日本に関わるには、消費者、供給網、組織、労働市場だけでなく、日本の文化まで理解する必要がある。そのためには長くコミットするというビジョンと投資が欠かせない」とし、「コンビニは日本人の習慣や行動まで変えたインフラになり、北米のコンビニとは別物」と困難さを指摘する。

家で作るものだったおにぎりは、セブンイレブンだけで年間20億個販売するようになった

セブン&アイHDのコンビニ事業を見ると2024年2月期の連結決算では営業収益、営業利益ともに海外が国内を大きく上回る。カナダ社が求めるのもこの海外事業だろう。

しかしすでに日本型のコンビニモデルを海外部門に移植し、一体化しつつある。仮に買収後に日本事業を分離するとしても、独自性は薄れ、日米ともに競争力が低下する可能性が大きい。セブン買収は看板や陣取り合戦にとどまらず、50年間育んできた「ソフト力」が維持されるのかどうかも問われてくる。このため買収しても軌道に乗せるには相当な労力や時間が必要になるだろう。

もちろん株式市場の側面から見れば、業績低迷で株価が落ち、セブン&アイHDが買収対象になった経営陣の問題も大きい。セブン&アイHDは2兆円超を投じ、米のコンビニ大手のスピードウェイを買収し、グローバルプレーヤーになることを宣言した。実際にセブン&アイHDの井阪隆一社長は「日本式を柱にローカライズとカスタマイズでグローバル化を推し進める」という構えだ。

井阪社長は過去の経験に即して長期戦と考えているが、世界市場は少しでも隙を見せるとそこを突いてくる。ゲームのルールが変質したのだ。今回の買収交渉の行方とは関係なく、セブン&アイHDがさらに市場環境を意識したより厳しい経営姿勢を求められるのは確か。SNS(交流サイト)では「セブンの味が落ちるのか」「もう食べられないのか」など毎日のように不安の声が広がっている。日本ならではのソフトカルチャーを守るのも、世界での「変化対応」なしには済まない時代となったようだ。

【関連記事】

  • ・セブン買収提案のアリマンタシォン 小売り再編の目に
  • ・セブン&アイも標的 「外資買収わずか2割」日本に転機
  • ・セブン&アイ、沈む市場評価 「買われるリスク」高める
  • ・セブン50年と「競争嫌い」 モノマネせず顧客へ超接近戦
Nikkei Views 編集委員が日々のニュースを取り上げ、独自の切り口で分析します。 クリックすると「Nikkei Views」一覧へ

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。