うるるは共同CFO体制で経営機能を強化した。18年からCFOを務める近藤浩計氏(右)は旧知の内丸泰昭氏をうるるに誘い、22年4月から共同CFO体制に移行した

NECやグリーは、「FP&A(ファイナンシャルプランニング&アナリシス)」という職種を導入し、最高財務責任者(CFO)に連なる組織と各事業部門の連携を促進した。

組織を変えるほどの余裕はないが、CFOの負荷は軽減したい。そう考える企業の参考になりそうなのが、入札情報サイト「NJSS(エヌジェス)」などを運営するうるるだ。同社の2023年3月期の売上高は約49億円、従業員数約350人。中堅企業ではあるが、22年4月からCFOを2人体制にした。

きっかけは経理部長の退職だった。当時、1人でCFOを務めていた近藤浩計氏は頭を抱えた。財務や経営企画、法務など管掌する分野は多岐にわたっていたが、経理は土地勘がなかった。すぐに、新たな経理部門の管理職を採用する必要に迫られた。

近藤氏が選んだのは、かつて商工組合中央金庫の同じ支店で働いたことがある後輩だった。それが現在、共同CFOを務める執行役員の内丸泰昭氏である。経理の経験はないもののノウハウを習得すれば経営を担う人物に育ってくれると近藤氏は確信した。

内丸氏はまず、財務経理部長候補として入社。会計ソフトの使い方や仕訳といった基本作業から現場スタッフと机を並べて学んだ。

また、現場マニュアルの整備など、組織体制の充実にも力を注ぎ、2年目には経理・財務・経営企画を管理する部長職に就いた。決算集計のみならず、それまでボトムアップで組んでいた予算作成を、経営層からのトップダウンに変えるなど、組織変革にも貢献。22年4月に共同CFOとなり、近藤氏の担当していた業務を引き継いだ。

財務人材も得意分野は異なる

身軽になった近藤氏は、それまで課題と感じていた投資家向け広報(IR)の強化に注力した。時価総額100億円前後の企業が投資家に興味を持ってもらうには広報活動が欠かせない。内丸氏が入社する前と比べ、機関投資家との面談数は2倍に増えた。個人投資家向けの説明会は年1回が限界だったが、今では年9回開催できるようになった。それに比例して株の売買代金(流動性)も高まり、24年3月期は4年前と比べて3倍近くとなった。M&A(合併・買収)も過去4年間で2件、成立させることができた。

共同CFO体制について近藤氏はこう語る。「財務人材も、人によって強みやノウハウは異なる。得意分野によって役割分担するのは有効な手段だと思う」

資金調達や投資家対応、社内の財務・経理の管理と現代のCFOの業務負荷は高まる一方だ。二人三脚でCFO機能を強化するのは、FP&Aのような組織をつくるのが難しい企業において有効だろう。

ニチガスを変えた「ベストCFO」

ここまではCFOが生きる組織づくりに焦点を当ててきた。ただ「そもそもCFOがいない」という悩みを持つ経営陣も多いだろう。そこで、ここでは外部人材をCFOに登用した企業事例を紹介する。

日本のエネルギー企業の中で「最も栄誉ある企業」。米金融専門誌の「インスティテューショナル・インベスター」は23年の調査で、LPガス大手の日本瓦斯(ニチガス)にこんな評価を与えた。同誌の調査でニチガスは、エネルギー部門だけでなく日本企業全体の中でも、最高となるスコアを獲得。清田慎一専務執行役員コーポレート本部長を「ベストCFO」と評した。

清田慎一専務執行役員コーポレート本部長はニチガスの財務機能の強化や市場での評価向上に貢献した(写真=吉成大輔)

ニチガスはほんの十数年前までは専門部署がなく、投資家から面談要請があっても「何を話せばいいのか分からない」と全て断っていた。そこに変化をもたらしたのが、清田氏だった。都市銀行やオリックスグループなどを経て、12年に入社。社長室長を務めて14年からIR組織を立ち上げた。清田氏自身、金融業界に身を置きながら投資家対応は不慣れだったため、株式市場との対話は手探りだった。

そこで、会いたいと思った証券アナリストに手紙を出す地道な取り組みから始めた。その結果、外資系証券会社が英語でニチガスを紹介するリポートを出し、株式市場で注目を浴びることに成功した。

さらに、清田氏は自己資本や保有資産など、バランスシートの改革にも取り組んだ。保有資産はLPガスなど事業部門の「高収益資産」と管理部門などの「低収益資産」に分類。その上で、低収益資産をバランスシート全体の3割から2割へ減らし、高収益資産を4割から5割強に高め、稼ぐ力を底上げした。

社内の抵抗は、少なくなかった。例えば、安定株主対策として導入されていた政策保有株式。資産効率の観点から清田氏が縮小に向けて動き出そうとすると、「株主総会をどうするつもりなんだ」と強い抵抗にあった。それでも、株価を上げるためには政策保有株式の撤廃が必要だと粘り強く社内を説得した。そして、政策保有株の全廃に成功した。

清田氏はIR組織の立ち上げやガバナンス改革を通じてニチガスの時価総額を10年余りで約6倍に高めた

その結果、投下資本利益率(ROIC)は7%(20年3月期)から11%(24年3月期)まで高まった。時価総額もこの間で6倍近くになるなど、着実に成果を積み重ねた。

「最初からCFOとして完成されたロジックがあったわけではない。徐々にできることを広げてきた」と清田氏は言う。外部登用でありながら、IRからバランスシートの管理までできることを積み重ねたことが、「ベストCFO」の評価に結びついた。

外部人材の対話スキルを生かす

バイオ創薬企業のネクセラファーマ(旧そーせいグループ)も現在、執行役副社長CFOを務めるのはアナリスト出身の野村広之進氏である。創業者の田村眞一氏(現取締役会会長)からスカウトされ、20年にそーせいへ入社した。

以前はみずほ証券でバイオ医薬品業界を担当するアナリストだった。その視点から見たネクセラは「地力がある会社だが、事業や研究の拠点が英国にあり、日本の市場とのコミュニケーションがうまくいってない」という印象だった。

ネクセラファーマのCFOを務める野村広之進氏は業界アナリストとしての経験を買われ、同社に入社した(写真=的野弘路)

そこで野村氏はIR部門の責任者として、同社のプライム上場変更を主導した。22年にはCFOに就任。日本国内の投資家対応や資金調達を担当している。23年には新株予約権付社債などによる約420億円の資金調達を主導した。

野村氏は、アナリスト出身者の強みは「市場との対話ができるスキルを持っていること」と言う。

まずは基本から学ぶ

とはいえ、以前のニチガスやネクセラよりもIR活動の基盤が整っていない企業も多いだろう。その場合は、IR活動を基礎から学べるコンテンツを利用して、第一歩を踏み出すのも有効だ。

東京証券取引所は24年1月、上場企業のIR活動を支援する専門部署を立ち上げた。2月には動画サイトを使った無料講座を開始。IRの基本を学ぶ動画や、機関投資家の視点から上場企業に求める活動を解説した動画を公開している。また、企業からの希望があれば、実務担当者向けに財務諸表や資本コストに関する講習会なども実施するという。

「何から手をつければいいのか分からない」──。そんな悩みを持つ経営者も、立ちすくむだけでは何も好転しない。まずはIRへの理解を深めて強化し、財務戦略を立てることだ。そこで課題を浮き彫りにして初めて、CFOが活躍する舞台が出来上がるのだ。

一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏に聞く 次世代の育成で試される経営者の本気度



一橋大学名誉教授。商学博士。1975年一橋大学商学部卒業。一橋大学教授、同大学院商学研究科長・商学部長、一橋大学副学長を歴任(写真=的野弘路)


 2014年の経済産業省のプロジェクトで「伊藤レポート」を発表し、「ROEは8%超が望ましい」と主張した。当時、CFO人材はまだまだ国内には少なかったため、15年に一橋大学財務リーダーシップ・プログラム(HFLP)を開設した。これまでの卒業生は1200人超。やっと日本も「スーパー経理部長」のような従来型のCFOではなく、経営を担える真のCFOが増えてきたように感じる。

 ただ、CFO人材は今なお不足している。日本でも一般社員から管理職までは転職市場が成熟し、人材の流動性は高まってきた。しかし、CxO(チーフオフィサー)などの経営者ではまだ同様のマーケットが生まれているとは言えない。市場が形成されるにはまだ5年、10年といった長い時間がかかると考えている。

 とはいえ、外部人材の登用は今後も増えるだろう。外部人材が活躍しやすい環境を醸成するには、全体的な風潮が変わる必要もある。1度の失敗で経営者失格の烙印(らくいん)を押してしまうようでは、経営者も保守的にならざるを得ない。「結果は残念だったが、チャレンジはよかった」と再挑戦を許容する土壌が培われれば、CxO人材の流動性も高まっていくだろう。

 CFO人材を自社で育てるには確固たる仕組みが不可欠だ。FP&Aは有効な人材育成の手段ではあるが、あくまでも社内の課題に向き合うことを専門とする職種。そこで、非財務にも目配りできる広い視野を持った人材になれるキャリアパスを設けるべきだ。

 事業部門、経営企画、IRなどを網羅的に経験し、幅広い視点を持てるような育成策が有効だろう。そうした仕組みを会社で整えるには、育成を担う経営側も意識を劇的に変えなければならない。

 従来、日本企業では事業部の力が強すぎて戦略的な人事施策を行えないケースが少なくなかった。事業部長の権力が強く、社長であっても部門間の人事異動に口を挟みづらい風潮が今でもある。ゆえに「全社最適」と口では言っていても、業績が好調な事業部は人事が聖域と化している。そんな企業が珍しくない。

 だから次世代のCFO育成には経営者のリーダーシップと本気度が問われる。FP&Aから次世代のCFOを選ぶなら、次世代のFP&A人材を社内外から集めて準備する必要がある。そうした施策をコーポレート側が打ち出せるか。未来に向けた人的資本の投資を断行できるか。それが次世代CFOの育成の成否を分ける。(談)

(日経ビジネス 神田啓晴、八巻高之)

[日経ビジネス電子版 2024年5月16日の記事を再構成]

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