20年に発売した、AI搭載のイメージセンサー「IMX500」(写真=ソニーG提供)

ドイツで4月に開かれた組み込み技術の展示会で、AI(人工知能)を搭載したカメラモジュールと小型コンピューター「ラズベリーパイ」を組み合わせた機器の発表が話題を呼んだ。このカメラに使うAIイメージセンサーを供給するのが、ソニーグループの半導体事業会社、ソニーセミコンダクタソリューションズだ。

ソニーセミコンは2023年4月にラズベリーパイを手がける財団の傘下企業に出資し、連携のあり方を協議してきた。世界有数の開発者コミュニティーを抱えるラズベリーパイとの連携第1弾が、上記の機器だ。正式な発表はないが、今夏にも販売される見通しだ。

「普及に向けたフェーズが変わる可能性がある」。ソニーセミコンはAI搭載のイメージセンサー「IMX500」を20年に発売し、21年にはAIの開発環境などを提供する「AITRIOS(アイトリオス)」の提供を始めた。そこで目指したのは、半導体分野において継続課金のビジネスモデルを確立すること。同事業を率いる柳沢英太システムソリューション事業部長は自信を見せる。

今でこそ1兆円を超える営業利益を稼ぐソニーグループだが、10年代中盤までは長い低迷にあえいだ。再建の鍵を握ったのは、パソコン事業の売却などエレクトロニクス事業の構造改革と、「リカーリング」と呼ぶ継続課金モデルの拡大だ。ゲームではプレイステーションというハードを通じたオンラインでのソフトウエア販売で継続的に収益を確保し、音楽でもCD販売でなく配信を通じて収益を確保する。ハードのヒットに左右される収益構造を脱し、ソフトで安定的に稼ぐ仕組みが復活を支えた。その成功モデルを半導体にも応用しようというわけだ。

イメージセンサー版の「アップストア」を構築へ

半導体ではAIが画像データを分析して「メタデータ」に転換する際と、そのメタデータをクラウドに送る際の費用を継続的に徴収する仕組みを採用する。売り切りだった半導体も、顧客とのつながりで収益を生むモデルを一部で導入する。ソニーセミコンは開発環境を提供しており、外部企業が開発したAI用ソフトを販売する場も用意する青写真を描く。イメージセンサー版の「アップストア」ともいえる。

ラズベリーパイとの連携で、今まで比較的限定されていた利用者を一気に広げる構えだ。「多くの人からの声を集めて使い勝手の向上などにつなげたい」(柳沢氏)。趣味などでラズベリーパイを日常的に触る企業所属のエンジニアも多く、「ファンづくり」(柳沢氏)を通じてAIイメージセンサーの導入を長期的に促す狙いもある。

AIを組み込むソフトの開発も支援

ラズベリーパイだけではない。AIイメージセンサーを使いこなすには、道路上のクルマの量や小売店での人の目線など、画像データから必要な情報を取り出してメタデータに変換するソフトが必要だ。これまではソニーセミコンが自ら提供したり、AIソフトウエア会社などに開発してもらったりしていた。さらなる拡大に向け今夏、AIを導入企業が簡単に生成できるサービスを始める。

工場での不良検知や倉庫での物流効率化に向けた入出庫管理など、比較的需要の大きなユースケースを10本程度想定。AIソフトの開発経験がない人でも、新サービスを使えば容易にAIを組み込むソフトを開発できるという。「(ニーズの高い)ホットスポットであれば、顧客企業は自分たちで開発できる」(柳沢氏)としている。

メタデータのデータ量は、分析前の画像データに比べ7400分の1と大幅に圧縮できる。データ量が少なく、外付けのエッジ処理端末なども必要ないため比較的簡易なインフラで対応可能だ。消費電力や通信コストも下がる。AIなどの導入を検討していたが進んでこなかった小売りや倉庫、工場などでの採用を目指す。

イタリア・ローマ市では街灯カメラに「IMX500」を搭載し、バス停の混雑状況や駐車場の空き具合を検知する実証試験を実施した。セブンイレブンなどコンビニエンスストアでは利用者の視認を検知し、デジタルサイネージの広告効果確認を把握する取り組みも始まった。

イタリア・ローマ市の実証試験では街灯カメラに「IMX500」を搭載(上)。駐車場の空き具合などを検知した(写真=ソニーG提供)

ソニーはイメージセンサーで世界シェア5割を握る最大手だ。スマホが高画質を求めてカメラの搭載台数の増加やイメージセンサーの大判化を進めてきたことで需要が一気に拡大し、半導体事業の売上高は10年で3倍に増えた。だが、さらなる事業拡大にはスマホやカメラといった得意とする撮影用途だけでなく、センシング用途の拡大が欠かせない。

これまでの急拡大を支えたスマホ、次の成長を担う車載に続き、AIイメージセンサーの花は開くか。AIイメージセンサーは、ソニーセミコンが発表した20年以降も他社はまだ展開していないという。実用化で先行しつつ普及期にコストなどで負けてきたかつての轍(てつ)を踏まないためにも、外部も巻き込んだ市場づくりが欠かせない。

(日経ビジネス 岩戸寿)

[日経ビジネス 2024年5月15日の記事を再構成]

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