「どんな仕事でもストレスは付きもの。だが、自己選択の余地を広げ『自分で決めた仕事』であるならば、やる気や挑戦の度合いは高まり、ストレスも軽減される」

こう話すのは、産業医で丸井グループのCWO(最高健康責任者)としてボードメンバーに加わる小島玲子氏だ。

小島氏は医師になりたての頃、ストレスはとにかく回避すべきものであると考えていた。だが、産業医として職場に足を運び、社員が働く様子を観察していると、極めて多忙な状況に置かれていながらも、イキイキと働いている人たちがいる。

人が幸せに働ける条件

「人が幸せに働くとはどういうことか」。産業医の仕事を通じて疑問を持った小島氏は、社会人大学院に進み、そこで心理学の「フロー理論」に出合う。

フロー理論とは、米心理学者のミハイ・チクセントミハイ氏が提唱した考え方だ。ある活動に完全に没頭し集中できている心理状態(フロー)であれば、人は充実感や満足感が高くなるという。その人が持つ最大限の力が引き出されるため、「最適経験」とも呼ばれる。

働き手がフローな状態で仕事できれば、生産性も上がるし、職場に活気が生まれるのではないだろうか──。

小島氏は早い段階から、組織としてフローを生み出す環境整備が、人材の能力を引き出す手段になるのではと仮説を立てていた。

丸井グループの小島CWO。どうすれば人間が幸せに働けるのかを考え、フロー理論に出合った(写真提供:丸井グループ)

そんな中、11年に丸井グループの産業医を引き受けることに。翌年、青井浩社長から「私は社員がフローに入れる会社にしたい」と言われて意気投合する。「私もずっとフロー状態について研究してきました」。現在は経営の視点から、会社の施策全体や社会への情報発信に携わる。

チクセントミハイ氏は、フロー状態に入る条件として(1)易しすぎず、難しすぎない課題設定(適度な挑戦)(2)明確な目標③進歩がすぐに分かる状態(適切なフィードバック)──などを挙げている。

仕事の高揚感がストレス耐性育む

早い段階から人的資本経営に力を入れている丸井グループは、「手挙げの文化」と呼ぶ、社員自らが選択し、挑戦できる制度を数多くそろえている。新規事業プロジェクトへの挑戦や、社員の職種変更といったものがそれだ。こうした施策は社員がフローに入れる企業文化の醸成に向けた試みでもある。

仕事が困難であったり、難しいものであったりしても、何とか工夫しようとしたり、周囲の支援を受けながら乗り越えることで高揚感が得られる。こうした過程の中でストレス耐性が養われると丸井グループは考えたともいえる。

社会の複雑化・高度化に伴い、労働者にかかるストレスはこれまで以上に高まっている。だが、働き手のレジリエンス(強じん性)を高める仕組みを整備すれば、その克服に向けた道も開ける。

日本が「ストレス社会」と呼ばれるようになって久しい。ストレスを完全に回避する生き方は難しい。どううまく付き合い、成長の糧とできるのか。企業の施策に組み込む知恵と工夫が求められる。

(日経マネー 武田安恵)

[日経ビジネス電子版 2024年4月18日の記事を再構成]

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