工場を持たず、設計に特化している「ファブレス」半導体企業の米エヌビディアは、AIに命運を賭けている。
元々はゲーム向けにGPU(画像処理半導体)を開発したが、GPUはAIタスクの実行に最適であることが判明した。そこで、今では「A100」「H100」などのAI用GPUや、生成AIアプリケーションの開発に必要なソフトウエアのインフラの提供に力を入れている。
エヌビディアは生成AIブームを追い風に急成長を遂げ、時価総額で米マイクロソフトと米アップルを抜いて世界一になった。首位の座を固め、米アドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)や米インテルなどAIコンピューティングのライバルに先行し続けるため、AI業界全般で企業と関係を築いている。
例えば、ここ1年は専用ハードウエアを使って高度なソフトウエアの作業を大幅に高速化する「アクセラレーテッドコンピューティング」の活用事例に積極的に投資している。イスラエルのAI21ラボ(AI21Labs)や米エッセンシャルAI(Essential AI)など、エヌビディアのGPUを搭載した複数の基盤モデル開発企業に出資している。
一方、シミュレーションや訓練でAIを活用するデジタルツイン(現実空間のものを仮想空間に再現する技術)やロボットなど、AIの産業向け応用に取り組む企業にも出資や提携をしている。さらに、次世代コンピューティングの強力な基盤を築くため、量子計算とAIの融合など長期的な開発にも力を入れている。
今回のリポートではCBインサイツのデータを活用し、エヌビディアの2023年4月以降の買収、投資、提携から6つの重要戦略をまとめた。この6つの分野でのエヌビディアとのビジネス関係に基づき、各社を分類した。
・AIインフラ
・デジタルツイン
・業界横断型のAIアプリケーション
・ネットワーキング技術
・量子計算
・ロボット
ポイント
1.エヌビディアはGPU開発の専門知識を生かし、AIインフラとアプリケーションを進化させようとしている
2.産業部門に大きな市場機会がある
3.量子計算や次世代通信規格「6G」などの次世代技術にAIを組み込もうとしている
1.GPU開発の専門知識を生かし、AIインフラとアプリケーションを進化
エヌビディアは当初はゲーム用GPUを手掛けていたが、今やAIインフラとアプリケーションで支配的な地位につけている。
主な大規模言語モデル(LLM)の学習に使うGPUの設計から、生成AIソフト開発ツールの構築まで、現在のAIブームのあらゆる重要な面に密接に関与している。24年2〜4月期決算の説明会では、自社をエンドツーエンドの「AI工場」のインフラプロバイダーと位置付け、ハードとソフト、システム統合の能力を強調した。 24年4月には、AIモデルの開発・実行コストの削減を支援するスタートアップ、ラン・エーアイ(Run:ai、イスラエル)とDeci(イスラエル)を計約10億ドルで買収し、自社GPUの効率を改善したと報じられた。ラン・エーアイは顧客企業の計算インフラの管理と最適化を、Deciは開発者によるAIモデルの構築、最適化、展開を支援する。
さらに、エヌビディアは24年3月、自社製品の機能やデータセンターの効率化などAI計算インフラを改善するため、複数の企業と提携した。例えば、
・独SAPと協業し、SAPのクラウドソリューションに生成AIを組み込んだ。
・日立ヴァンタラと提携し、産業界の顧客や法人顧客の生成AIインフラ導入を支援するため、エヌビディアの最新のAI技術を日立ヴァンタラのデータストレージ基盤に搭載した。
・データセンターのインフラを最適化するため、仏シュナイダーエレクトリックと提携した。
自ら判断して動く「AIエージェント」や生成AIを活用した業務支援ソフト「コパイロット」など業界横断型のAIアプリケーションにも力を入れている。23年にはプログラムコードを生成できるAIエージェントを開発する米インビュー(Imbue)のシリーズB(調達額2億ドル)に参加した。その数カ月後には、銀行やヘルスケア、小売りのバーチャルアシスタント導入を支援する米コア・エーアイ(Kore.ai)のシリーズD(1億5000万ドル)に出資した。
2.産業部門に大きな市場機会
エヌビディアは数年前、建築、建設、製造などの業界でデジタルツインの構築に活用できる基盤「オムニバース」を発表した。それ以降、産業分野での存在感を高め、大規模なデータセットや高度なシミュレーションが必要なアプリケーションに力を入れている。
スウェーデンのヘキサゴン(Hexagon)は23年6月、自社プラットフォームとオムニバースを接続してリアリティーキャプチャーやシミュレーション、仮想モデルの作成などができる産業用デジタルツインを開発するため、エヌビディアと組んだ。
こうした取り組みを足がかりに、トヨタ自動車はエヌビディア及び米レディ・ロボティクス(READY Robotics)と共同で、シミュレーションを活用したアルミニウム熱間鍛造生産ラインのプログラミングシステムの構築に取り組んでいる。
エヌビディアとシーメンスは24年、写真のようにリアルな3次元(3D)画像の産業用メタバースを構築する取り組みを拡大すると発表した。
エヌビディアはさらに、複数の産業ロボット開発企業に出資している。
・23年10月にはロボットとAIを融合し、高度な複合材料や金属製品の製造を支援する米マキナ・ラボ(Machina Labs)に出資した。
・24年2月には、ヒューマノイド(ヒト型ロボット)を開発する米フィギュアAI(Figure AI)のシリーズB(6億7500万ドル)に参加した。
・その数カ月後には、エヌビディアのGPUを搭載したレーザー除草ロボットを開発する米カーボン・ロボティクス(Carbon Robotics)に出資した。
3.量子計算や6Gなどの次世代技術とAIを融合
エヌビディアは目の前の課題に力を入れる一方、長期的な開発も見据えている。
例えば、量子計算は従来のコンピューターでは不可能な方法でデータを処理し、大きな商機が確実視されている。
同社は様々なハードやソフトの量子ソリューションを開発しているほか、AIと量子のハイブリッド計算インフラを進化させるため、他の企業と提携している。
・英オーカ・コンピューティング(ORCA Computing)との提携により、従来のGPUを使う機械学習に量子プロセッサーを搭載する。これにより、大規模AIモデルの学習時間と出力の質の最適化を目指す。
・米シーク(SEEQC)と連携し、企業向けデータセンターでの量子AIと機械学習の進化を支援する。
・米サンドボックスAQ(SandboxAQ)と提携し、AIと量子シミュレーションを活用して創薬、電池の設計などの化学反応を予測する。
エヌビディアは30年までの展開が見込まれる6Gにも注目している。6Gの通信速度は5Gの100倍で、AIを組み込めばネットワークの管理、リソースの割り当て、メンテナンスの最適化が可能になるとみられている。
同社は24年3月、6G技術向けのAIを推進するため「6Gリサーチ・クラウド・プラットフォーム」を発表した。米アンシスや英アーム、富士通、米キーサイト・テクノロジーズ、ノキア(フィンランド)、韓国サムスン電子などエコシステム(生態系)の様々なパートナーが参加している。
キーサイトとノキアとはもっと前から共同開発に取り組んでいる。エヌビディアは24年2月、6Gレシーバーの設計プロセスでキーサイトと、AIを搭載したモバイルネットワークでノキアと協業している。
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