島津製作所と東北大は「超硫黄分子」の特性を解明する研究所を共同で立ち上げる。3月に開いた記者会見で東北大学大学院医学系研究科の赤池孝章教授は「老化の制御が可能になるだろう」と意気込みを語った。
超硫黄分子とは血中アミノ酸などに硫黄が結合した物質の総称だ。強力な抗酸化作用を持ち、摂取すれば老化につながる体内の有害物質を減らせると考えられている。赤池教授はこの分野の研究を世界的にリードする。
高度な質量分析を得意とする島津製作所の機器を活用し、まずは3年間共同研究を進める。超硫黄分子を含むサプリメントといった不老長寿につながる薬や食品の開発を目指す考えだ。
新興勢約500社がひしめく
夢のような話にも思える不老長寿。10年前であれば眉唾な話ととらえる人も多かっただろう。だが海外に目を向けると不老長寿は「Longevity(ロンジビティ)」と呼ばれ、未来の成長産業と目されている。米オープンAIを率いるサム・アルトマン氏が不老長寿スタートアップに個人で約2億ドルを投じるなど熱量は高い。
現時点で規制当局から承認を受けた「不老長寿薬」はいずれの国にも存在しないが、世界初の承認を目指して競争は激化する。
世界の不老長寿スタートアップに投資された金額は2022年に52億ドル(約7900億円)とこの5年間で3.5倍に膨張。欧米を中心に約500社が事業開発に乗り出している。
有力視される主なアプローチは(1)老化に関する代謝(体内の化学反応)をコントロールする(2)炎症物質を出す老化細胞を除去する(3)健康な人の血液の液体成分を体に注入する(4)遺伝子薬で細胞を初期化する――の4つ。小さい番号ほど実現の可能性は高いと見られ、島津製作所と東北大の事例は(1)にあたる。
日本でスタートアップも立ち上がっている。現在5社程度あるうちの1社、TAZ(タヅ、東京・文京)は遺伝子解析のジーンクエスト(東京・港)創業者の高橋祥子社長が20年に設立した。
まだ一般消費者向けの商品はないが、先述の(1)と(2)に該当する事業に取り組む。抗老化関連食品の企画開発と、老化細胞を除去する商品の開発などを進めている。「健康寿命を延ばすサービスを提供できれば」と高橋社長は意気込む。
解析コストが大幅減
こうしたスタートアップの挑戦を技術革新が後押ししている。象徴的なのはヒトゲノム(全遺伝情報)解析にかかるコストと時間の低減だ。1990年代は1件当たり10年の歳月と数千億円の費用がかかったが、検査装置の進歩により1日で10万円前後までに下がった。
個々人のゲノムは、生活習慣や加齢などによって遺伝子の働きに影響を及ぼす、メチル化と呼ばれる変化が進む。変化の進行状況を調べれば、身体の若々しさを加味した「生物学的年齢」と実年齢の差が分かる。
これにより、例えば「特定の食品を摂取すると生物学的年齢の進行が止まるかどうか」というような判定をする研究などがしやすくなった。莫大な費用と時間がかかる状況では、候補物質を見つけても本当に効果があるか確かめる術がなかった。ゲノムの目的の部分だけを解析する技術も登場している。
米ベンチャーキャピタル傘下の新規事業支援会社スクラムスタジオ(東京・港)の渡部優也氏は「技術革新と投資マネー流入の追い風で新興企業が一気に本気で取り組み始めた」と分析する。
ただ、信ぴょう性の低い技術や倫理面で問題のある取り組みがあることも事実だ。
米IT(情報技術)起業家のブライアン・ジョンソン氏は先述の(3)に挑戦するため自身の子供の血液成分を体に注入した。加齢のペースが緩やかになったなどの効果が見られたと主張するが、生物学者からは懐疑的な意見も多く出ている。(4)の細胞初期化も手を加えた細胞ががん化するリスクがあり、安全への懸念は残る。
黎明(れいめい)期の混沌を抱えながらも研究が進む不老長寿。スタートアップが裾野を広げ、大手企業も乗り出す市場に成長しつつある。人類はここ100年ほどで平均寿命を40年近く延ばしたとされる。今、盛んに叫ばれる「人生100年時代」という言葉も、未来人から見たら短命に思えるのかもしれない。
(日経ビジネス 朝香湧)
[日経ビジネス電子版 2024年4月12日の記事を再構成]
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