ミズノユニオンは毎年GFAの会議を実施し、I-ALLなどと情報を共有している(写真=ミズノユニオン提供)

株主や投資家からのプレッシャーにさらされる局面の多い企業は、自社の収益に直接結びつかない取り組みを後回しにしがちだ。

一方、労組は労働者の権利擁護や平等を重視した取り組みの実現に動きやすい。いわゆる社会正義や社会的公正を追求しやすい立場にある。そのため経営が関与したくてもしづらい課題を、先回りする形で対処してくれる場合も多い。

近年は企業も持続可能な開発目標(SDGs)を掲げるなどして、社会問題の解決に貢献する姿勢が求められている。

その筆頭が人権リスクへの対応だ。社内だけでなく、自社のサプライチェーン(供給網)でも人権問題が潜んではいないか。問題があるにもかかわらずこれを見逃していては、大きな反発やブランド価値の毀損を招きかねない。

その瀬戸際にあったのが、スポーツ用品販売大手のミズノだった。同社は労組ミズノユニオンの力を借りることで人権デューデリジェンス(DD)を実施し、サプライチェーンにおける人権侵害リスクを未然に防ぐことに成功した。

「この人権団体はどのような組織か教えてほしい」

ミズノユニオンの石川要一・中央執行委員長(当時)のもとに会社側から問い合わせが入ったのは2017年5月のこと。ある団体が「ミズノのタイの取引先工場で人権侵害が起きている」と告発するリポートを出していた。会社としてはすでにこの工場の人権関連の調査を終えていたはず。だがリポートの内容が事実であれば看過できない。経営側が頼ったのが労組だった。

ミズノユニオンは11年、ミズノとUIゼンセン同盟(現UAゼンセン)、それに世界の繊維関係の組合が加盟する国際繊維被服皮革労働組合(ITGLWF、現インダストリオール・グローバルユニオン=I-ALL)の4者でグローバル枠組み協定(GFA)を締結。この連携を活用し、労使で国際的な人権問題に取り組む体制を構築している。こうしたGFAはミズノ以外では高島屋とイオンも締結している。

人権問題といっても、そのカバー範囲は広く、それぞれの国における問題の捉え方や解釈も微妙に異なるのが実情だ。そうした中、ミズノユニオンはGFAの会議などを通じ、I-ALL側と信頼関係の構築や情報共有が毎年できていた。この情報網も活用し、ミズノユニオンは「今回の問題は徹底的に対処すべきだ」という考えを会社側に伝えた。

17年7月、会社側と石川氏らがタイの取引先工場で特別調査を実施し、関係者をヒアリングした。当初「労働環境面に問題はない」と見ていたが、GFAの4者でさらなる情報収集や現地の状況分析をし、再度特別調査をした。

すると、現地の従業員が劣悪な環境で働かされていたり、適正な賃金が一部で支払われていなかったりしていたことが判明した。工場幹部が実態を隠していたのだ。一連の問題はその後、改善・解決に至った。

(写真はイメージ=インダストリオール・グローバルユニオン提供)

企業、労組など4者で対応協議

「GFAがなければ早期の問題解決は難しかった」と石川氏は話す。問題の告発を受け、GFAの4者は「情報提供者の組織や指摘内容の確認」「現地の労働環境の把握」「事実確認と問題点の掌握」といった形で詳細な情報の共有および対応を協議できたことが、実態解明につながったという。

海外では強制労働に厳しい目を向ける欧州などで人権DD関連の法制化が進むが、対する日本は対応が遅れているとの指摘がある。

そこで期待されるのが労組の役割だ。「人権の取り組みはサプライチェーン全体を見渡す必要がある。企業の枠を容易に超えられる労組が力を発揮できるはずだ」と石川氏は話す。

人権問題への対応などSDGsに具体的にどう取り組めばいいか悩む経営者は多い。ミズノの例は参考になるだろう。労組が経営の至らない部分を補完する──。経営にとっても、これほど力強い関係はない。

(日経ビジネス 小原擁)

[日経ビジネス電子版 2024年2月26日の記事を再構成]

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