日立製作所は事務系の学生の最終面接でプレゼン選考を導入した(写真はインターンシップの様子、写真:同社提供)
 企業の採用活動の主戦場だった新卒採用にも変化の波が押し寄せている。自社のカルチャーや仕事にフィットする学生を探り当てようと企業は知恵を絞る。これまでの常識を破ることが出発点だ。(記事中の部署名・肩書などは取材時点)

「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)は聞きません」──。日立製作所は2023年、事務系新卒採用の最終面接を一変させた。導入したのは「プレゼン選考」だ。「入社後どの職種で日立のリソースを使ってどんな社会課題に取り組みたいか。それはなぜか」を5分以内で説明してもらう。

ある学生は新興国への留学中に経験した交通渋滞や防犯面の課題を踏まえ、「女性が安心して移動できる世の中へ」というテーマを設定。日立の無人運転技術や人工知能(AI)を活用した防犯システムで解決できると提案した。そのプレゼンが評価されたこともあって同社への入社を果たした。

「論理的思考や課題発見力を見極めやすい」。タレントアクイジション部の大河原久治部長代理は手応えを語る。課題をどう設定するかで学生の個性が浮き彫りに。学生からも「キャリアについて考えるきっかけになった」などと好評で、内定後の辞退率は以前に比べ約10ポイントも下がった。25年卒採用でも継続する方針だ。

個性を見る面白採用の元祖といえば、東証グロース上場のIT(情報技術)企業カヤックの名前が挙がる。社員の9割超がゲームなどコンテンツのクリエーターだ。

社風に合う人材を採ろうと編み出した面白採用は10種類以上。人事部のみよしこういち氏は「採用戦略は広告戦略に近い。『自分のことかも』と思ってもらえる採用方法を常に考えている」と明かす。

ゲームの達人を選考で優遇

特に成果が出たのは17年に始めた「いちゲー採用」と15年からの「エゴサーチ採用」だという。

いちゲー採用はゲームの達人を優遇する仕組みだ。ゲームへの情熱はその開発に生きるはずだと考え、ソニーグループの家庭用ゲーム機ユーザーの中で1000人に1人の腕前と認められた「プラチナトロフィー」の持ち主を対象に1次選考を免除する。

エゴサーチ採用はその名の通り、名前やブログ、作品名などの単語検索の結果を履歴書代わりに評価するというもの。売れっ子バンドのメンバーや起業家など個性派が数多く応募してきた。いちゲー採用とエゴサーチ採用の合計でのべ約3200人の応募があり、これまでに20人程度が入社した。

企業が選考過程で学生の個性を少しでも引き出したいと考えるのは、旧来型の画一的な新卒採用のスタイルから抜け出したいとの思いからだ。新しいやり方を取り入れないと、学生側の「対策」が進み、人柄や能力が正確につかめない。相思相愛で採用が決まったはずなのに、入社後ほどなくしてミスマッチがあらわになる。

就活生が面接官を逆指名

厚生労働省が23年10月に公表した「新規学卒就職者の離職状況」によると、21年3月大学卒の働き手で就職後2年以内に離職した人の割合は24.5%と、ほぼ4人に1人。20年3月卒の人に比べて2年以内の離職率は2.6ポイント上昇した。こうした傾向が続くようでは、お互いにとって不幸だ。

いかに学生の本音を聞き出すか──。デジタルトランスフォーメーション(DX)支援などを手掛けるナイルは25年卒の採用に向けて、「選べる面接官」制度を導入した。採用サイトに約20人の面接官候補者の情報を掲載。学生が希望する5人程度を選ぶと、その中から日程の合う面接官を会社が割り当てる仕組みだ。

「SNSで(面接官の当たり外れを意味する)『面接官ガチャ』という言葉も目立つようになった。学生が抱くアンフェア感を取り除くことで、もっと素の自分を面接で出してもらい、本質的な話がしたい」。ナイルの宮野衆執行役員はこう話す。

ナイルは就活生がプロフィルを見て面接官を選べる制度を導入。応募数は前年から倍増も(写真:ナイル提供)

もともと同社では面接に際し、学生に面接官となる役員とその関連記事を事前に共有していた。これが学生から「準備して臨める」と好評だった。これを深化させたのが今回の選べる面接官だ。オウンドメディア(自社媒体)の記事を面接官の経歴にひも付けておき、学生が面接官のひととなりや考え方に触れられるようにした。

面接官を選ぶ過程でなぜその人なのかという主体性が生まれる。面接で学生から当たり障りのない質問をされるより、面接官のことをよく知った上で「あのプロジェクトで何が大変でしたか」と具体的に聞いてもらった方が、内容の濃いやり取りができるなどとの期待がある。

ナイルの宮野氏は選べる面接官制度の導入背景について「面接で学生に素を出してほしかった」と話す(写真:中山博敬)

独自検定でIT技術者の素質見抜く

ソフトウエアのテスト業務を手掛けるSHIFTは、企業が専門性やスキルを重視する風潮にあえて背を向ける。IT未経験の人材を年数百人単位で採用。外資系ホテルのバーテンダーがエンジニアとして入社したケースまである。

一見リスキーとも映る同社の採用を支えるのは、テスト業務への適性を測る独自開発の「CAT検定」だ。プログラミングのようないわゆるITスキルではなく、正確性や伝達能力といった「素質」を問うのが特徴だ。

開発時にはテストの素案を丹下大社長含むすべての幹部と社員が受検し、点数と社内での活躍ぶりを照らし合わせて内容をチューニングした。合格率1桁の難関試験だが、未経験でも受かればほぼ確実に入社後活躍できるという期待感が求職者を引き付ける。

会社側はうわべのスキルではなく、スキルの土台となる素質を見たい。求職者側はせっかく手に入れた仕事でミスマッチを避けたい。CAT検定は両者のニーズを満たしているといえるだろう。

データで見る激動の採用戦線 中途採用コスト1人300万円の事例も



 売り手市場で採用の在り方は激変している。採用戦線の最新動向を示すデータをまとめたので戦略づくりの一助にしてほしい。



 まず押さえるべきなのは、採用の早期化だ。大学3年春には勝負が始まり、出遅れた企業が挽回するのは難しい。内定承諾後の辞退も今や普通で、学生と連絡を取り続ける必要がある。「早期化と長期化が同時に起こり、採用担当は悲鳴を上げている」(ベネッセi-キャリアの岡本信也dodaキャンパス編集長)





 採用コストは上昇が続く。マイナビによると新卒は1人平均56万8000円。「高学歴層など需要が大きい人材なら100万円を超える」(人材サービス会社幹部)。中途採用のコストはより高い。1人100万円はざらで300万円に達する事例も。

 主要因は転職エージェントの紹介手数料率の上昇だ。年収の30%が相場だったが、「高度スキル人材では50%、時には100%に及ぶ」(ビズリーチの間瀬貴哉ビジネス開発統括部総合企画部長)。





 株価とともに人手不足もバブル期並みだが、当時と今で採用の環境は全く異なる。かつての人気企業の多くはランキング下位に沈み、賃上げで「大卒初任給は20万円まで」の常識も過去のものとなりつつある。認識の大幅なアップデートが必要だ。

(日経ビジネス 西岡杏=日本経済新聞社、杉山翔吾)

[日経ビジネス電子版 2024年4月2日の記事を再構成]

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