(写真=北山宏一)
1月末、米投資ファンドのブラックストーンがソニー銀行子会社で決済サービスを手掛けるソニーペイメントサービスの株式80%を取得した。ブラックストーンの坂本篤彦日本代表は「独立で機動的なビジネス展開が可能になる」と今後の成長加速を狙う。

――ソニー銀行傘下のソニーペイメントサービス(SPSV)に出資しました。

「世間ではあまり知られていないケースでした。通常、私たちプライベート・エクイティ(PE)ファンドが企業に提案する場合、日本の上場企業だと5〜6社、主要な事業子会社の場合は3〜4社からすでに提案をされた経験があるものですが、SPSVの場合は、私たちが初めてとのことでした」

「ビジネス面では、もっと業績を伸ばせるはずだと考えています。ここ数年、トップライン(売上高)は1割伸びており、粗利益率も高い。ただ、直接の親会社がソニー銀行で、事業展開上、銀行法の制約がありました。(デジタルガレージやGMOペイメントゲートウェイなどの)競合他社に比べて機動的に動きにくかったのです。現在の組織体制では、思い切った投資がしづらい面もありました。加えて、デジタルサービスの顧客獲得には、優秀な営業担当者が必要です。そうした優秀な人材を獲得するには、ストックオプション(株式購入権)などを提示することが有効ですが、今の体制ではそれも難しかった。独立することで、私たちの投資と支援を受けながらさらなる成長を実現し、より積極的に事業を行えるようになる――という私たちのビジョンに共感してもらえたと思っています」

「交渉はSPSVとだけでなく、大元のソニーグループのマネジメント層とも行いました。一般的には本体や親会社から(独立や事業売却について)声を掛けることが多いですが、今回は下から『独立したい』と提案したという意味で、珍しいケースです」

――SPSVの今後の成長戦略は。

「今後について、まずは国内のシェアを伸ばしたい。営業人員の拡充に加えて、サービスの価値も向上させていきたい。不正防止のための技術開発にも積極的に資金を投じていきます。ブラックストーンの既存の投資先のサービスを紹介することもできるでしょう。(SPSVが)出資している配車アプリのS.RIDE(エスライド、東京・港)のように、サービスのシーズにも、もっと投資をしていく必要があります。周辺事業領域でのM&A(合併・買収)もありえます」

――ブラックストーンPEの今後の投資方針は。

「私たちとしては、投資額として500億円より大きい規模の案件をやっていきたい。小さくなればなるほど、入札ではなく相対で取引できる可能性が高まり有利ですが、小粒の案件を増やしすぎてもファンド全体の大きさに見合いません。金額やチームの陣容を見ながら、投資先を選んでいきたいと思っています」

「2024年の案件として期待しているのはIT(情報技術)業界です。ブラックストーンはインド企業2社に投資しており、人手不足が深刻な国内企業につなぐことができます。ヘルスケアについては、(武田薬品工業など)トップ企業群の規模が一段と拡大する中、中堅以下の企業には機関投資家からの注目が薄れています。そうした企業にとっては、いったん非上場化することで抜本的な戦略を打ち出したいニーズがあるのではないでしょうか」

「日銀の金融政策正常化はあまり影響がなさそうです。政策金利で0.25%にいくかいかないか程度であれば、LBO(借り入れで資金量を増やした買収)のローン調達がしにくくなるとは思えません。どちらかといえば、外国為替市場での円安がどこまで修正されるかどうかが気になります。投資先企業が今後の事業展開をどう判断するかに関わるからです」

ノンコア事業を手放す企業が増えている

坂本篤彦(さかもと・あつひこ)氏 米ゴールドマン・サックス証券、米リップルウッドを経て米ベインキャピタルで日本のプライベート・エクイティ投資担当のマネージング・ディレクターを務めた。その後ブラックストーンに入社し、日本代表就任。現在はプライベート・エクイティチームのシニア・マネージング・ディレクターを務める。米ハーバード・ビジネス・スクール経営学修士(MBA)。(写真:北山宏一)

――MBO(経営陣が参加する買収)など非上場化の選択をする企業が増えています。非上場化などのタイミングを捉えて企業に出資するPEファンドである皆さんから見ても、投資案件は増えているのでしょうか。

「私はこの業界に携わるようになって24年目。何度かブームの時期はありましたが、今は最も勢いがあるように思います。私たちの見込んでいるパイプラインについても、過去に見たことのないほどの多さで、引き合いは強い」

「背景にはいろんな事情があります。東京証券取引所がPBR(株価純資産倍率)改善など資本コストを意識した経営を呼びかけていることもありますし、コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)の考え方が浸透してきたこともあるでしょう。アクティビスト(物言う株主)の裾野が広がり、活発に活動している面もあります」

「企業によっても違います。グローバル企業はもっと競争力を付けるために、身軽になりたい、迅速に動けるようにならないといけないと思っています。事業をコアとノンコアに分けてノンコアを手放すという段階はもう通り過ぎていて、『いい事業だが、自分たちが持っていて伸ばせるのか』という議論をしています。保有する人材や資金は有限ですが、当該事業を伸ばすには優秀な人材を配置しないといけません。であれば、別の会社がオーナーになり、自らは他の事業に経営資源を振り向けた方がいいのではないか、といった『ベストオーナーは誰か』という議論です。今回ブラックストーンはSPSVを買収しましたが、(前オーナーであるソニー銀行の)そうした議論の結果だと推察しています」

――ブラックストーンのPEチームの強み、他のPEとの差異化要素は何でしょうか。

「オークション(入札)になるような案件ではもちろん、最終的に価格勝負になる面があります。ただ、PE各社によって得意分野には濃淡があります。コスト削減にたけたところもあれば、似た業種の既存投資先とのシナジー創出にたけたところもあります。入札案件では、そうした特徴を生かした値付けをしているはずです。いわば芸風を突き詰めるようになっており、難易度としては上がっています」

「ブラックストーンでは、ある程度セクターやテーマを絞って深掘りしています。日本で追っているのは、『デジタルサービス』『ヘルスケア』『インダストリアル』『コンシューマー』です。ペイメントサービスについては米国でも投資実績があり、広い意味でのデジタルサービスとの位置づけです」

(日経ビジネス 三田敬大)

[日経ビジネス電子版 2024年2月22日の記事を再構成]

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