(写真:三井住友FG提供)

従来型の金融サービスの会社から、社会の様々な課題を解決する会社に変わっていくには、これまでと異なる意思決定の仕組みが必要だ。2023年11月に亡くなった三井住友フィナンシャルグループ(FG)の太田純・前社長は自身がチーフ・デジタル・イノベーション・オフィサー(CDIO)になった17年、ある会議の開催を呼びかけた。

それが「CDIOミーティング」だ。グループ内からデジタル関連の新事業とその社長を生み出し続ける「社長製造業」を実現するドライバーとなっている。

原則月1回開かれ、既に開催回数は60回近く。グループ社員であれば誰でも提案可能で、毎回必ず出席する社長とデジタル担当役員、システム担当役員、CDIOに、新事業を提案できる。

磯和啓雄CDIOは「最大の特徴は特定の部署にひも付かない独自の予算を持っていることにある」と話す。部署ごとに割り振られる予算では、目先の結果が出なさそうだと判断されれば実行が後回しにされがちだからだ。「デジタルの新規ビジネスには、5年以上かけて取り組めば市場で圧勝できるようになるものがある。CDIOミーティングでは、そこに予算を果敢に付ける」(磯和氏)という。

参加者への根回しは一切なし。特にマーケットの規模や事業の社会的な意義を巡って、激しい議論が飛び交う。詰めが甘ければ、数百万円の調査費をかけて翌月の再提案を求めるケースもある。

磯和氏は、ミーティングが向かう次のステップを考え始めている。それは、社内の人材ではなく外部から直接持ち込まれるプロジェクトを扱うものだ。「三井住友FGや銀行を調べ尽くしたアイデアに触れられれば、もっと面白い事業や会社が生まれるはず」と意気込む。

磯和啓雄CDIO(左下)は「デジタル化はリテールの本丸」と訴える。東京・渋谷(上)や米シリコンバレー(右下)にはイノベーション拠点を構えた(写真左下:陶山勉、写真上・右下:三井住友FG提供)

「歴史のある大企業なのにベンチャー並みのスピードを備えている。スタートアップにいる身としては、驚きだけでなく脅威すら感じる」。人材情報サービスのアトラエで営業責任者を務める川本周氏は、三井住友FGの意思決定の速さと仕組みに舌を巻いた。

川本氏は、アトラエによる社員のエンゲージメント測定システム「Wevox」を開発した中心メンバー。20年にサービスを三井住友FGに導入した。その後、三井住友FG側からの協業提案を受けて23年10月、両社による共同出資会社「SMBC Wevox」を立ち上げて副社長に就いた。CDIOミーティングでゴーサインが出てから、わずか半年後のことだった。

「攻めの仕事は面白い」

同様に立ち上がった会社は、これまでに10社以上になる。ニフティ(現富士通クラウドテクノロジーズ)から18年1月に三井住友銀行に移った三嶋英城氏は、19年10月に電子契約のSMBCクラウドサイン(東京・港)を設立した。「金融業はリスクを最優先で考えるカルチャーがあるが、法務や情報システムなどの部門が『攻めの仕事が面白い』と前向きに協力してくれた」と振り返る。

「三井住友FGの人事制度にうまく組み込めば、社長製造業はより活発化する」と語る三嶋英城氏(写真:陶山勉)

新型コロナウイルス禍で「脱はんこ」など書類の電子化が加速するという追い風も生かし、起業から1年半で黒字転換し、有償ユーザー数のシェアは国内トップ。23年3月期決算の純利益は1億3522万円だ。三嶋氏は「いち銀行子会社で終わらせない。海外にも進出し、数年以内の新規株式公開(IPO)を目指す」と意気込む。

家族間で健康状態などを把握できるアプリ「ファミリーネットワークサービス」を提供するのは、SMBCファミリーワークス(東京・千代田)。横川花野社長は、三井住友銀行プロパーだ。「非金融の事業でも、上から下まで『とにかくやってみる』ことを勧めてくれる組織。若手も何でも挑戦できる風土はグループの強みだ」と語る。

前社長の太田氏は社長製造業の予算を「CEO枠」として確保し、23〜25年度は計1800億円と、その前の3年間から3割増やしている。

保守的な文化が完全に拭い去られたわけではない。だが、進取の気風は着実に巨大組織の中で定着し始めている。

「ファミリーネットワークサービス」は、横川花野氏らが人生100年時代の社会課題をどう解決するか模索する中で生まれたアプリだ(写真右:陶山 勉、写真左:三井住友FG提供)

(日経ビジネス 鳴海崇)

[日経ビジネス電子版 2024年3月27日の記事を再構成]

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