2023年「燕三条 工場の祭典」の様子

「工場見学の盛り上がりがブランドの知名度の向上や働きがいになり、お客様にも伝わる。(社内を)オープンに見せる環境を整えることによってファンを増やしたい」

ものづくりと体験型の観光を組み合わせた「クラフトツーリズム」が全国各地に拡大してきた。創業100年を超える老舗鋳物会社、能作(富山県高岡市)の能作千春社長は、クラフトツーリズムに力を入れる理由をこう話す。

同社は真ちゅうの鋳造から事業を始め、現在の主力は食器や酒器、インテリア用品などのすず製品。全国の百貨店にある直営店などで販売し、台湾でも事業展開する。2017年、「産業観光」をテーマとした本社工場が、北陸新幹線の新高岡駅から車で15分ほどの企業団地に完成した。

工場見学と言えば、ガラス張りのルートから製造現場を遠巻きに眺めるだけの会社が少なくないが、能作の本社工場では、担当者が見学ツアーの参加者を職人が働くすぐ近くまで誘導する。

能作の見学ツアーは五感でものづくりを体感する=山岸政仁撮影

現場との間に仕切りのガラスなどはなく、加工音が響く中、担当者の詳しい説明をヘッドホン越しに聞きながら歩く。砂型をつくるところから、高温で溶けた金属を砂型に流し込んだり、鋳造した製品を磨き上げたりするところまで、さまざまな工程を回る。金属のにおいがほのかに漂う中、参加者は約30分間かけて五感でリアルなものづくりの世界に触れられる。

見学ツアーは無料。県外からの参加も多く、年間訪問者は約13万人に達する人気ぶりだ。

ツアーの接客や企画づくりは同社産業観光部が担当する。同部のメンバーは約30人で、全社員の15%ほどに当たる。能作氏は「当社はもともと産地問屋経由で商売をしていた経緯から営業部門がない。その分、お客様に商品の付加価値を理解してもらい、欲しいと言ってもらえることが大切。ファンになってもらうために商品を伝えるところに力を入れ、人員を厚く配置している」と説明する。

能作の能作千春社長=山岸政仁撮影

産業観光部は見学ツアーだけでなく、本社工場にあるカフェやショップ、製造の体験コーナーも運営。この他に、結婚10年目を祝うセレモニーとして、すずにちなんだ独創的な「錫(すず)婚式」も行う。

ファンづくりで売り上げ増

クラフトツーリズムに取り組むきっかけは、工場見学を本格化する以前、旧工場に小学校高学年の子供が母親と一緒に見学に来たことだった。

能作氏の父である先代は現場を見てもらえることがうれしかったが、見学に来た母親が「勉強せんかったら、こんな仕事になる」と子供に話すのを聞き、がく然としたという。そして「地元の人にこの産業の素晴らしさを伝えきれていない。もっと知ってもらうことで意識を変えたい」と考えた。

その後、自社ブランド製品を手掛けて事業を大きく伸ばす中、工場見学を積極的に受け入れるようになり、それが今の本社工場の姿につながった。

本社工場の外観は、鋳造の炉をイメージした赤色の屋根が特徴だ。内装には、すずや真ちゅうなど同社にゆかりの金属素材を使った。鋳造の原型をつくる木型などを入り口付近に展示する。新工場には16億円を投じた。

富山県高岡市にある能作の本社工場=山岸政仁撮影

本社工場の完成後、見学者の多さに戸惑う職人もいたが、慣れていくうちに職人の意識が変わったという。見学者を「もてなす」気持ちが高まり、小学生向けの夏休みの宿題プランなど、年4、5回のイベントでは職人自身が工場の案内も担当する。

工場建設当時、売上高は13億円だったが、ファンづくりが進み、売上高は21億円まで伸びている。社員は約200人に増加した。クラフトツーリズムに取り組むきっかけとなった思いは今も引き継がれており、工場を見た地元の子供に「将来、働きたい」と思ってもらうことも目指している。同時に、地元の高岡市を含む富山県西部6市のDMO(観光地経営組織)と連携し、地域の観光振興にも取り組む。本社工場では社員が薦める周辺の飲食店などを紹介する独自の「観光カード」を用意している。

クラフトツーリズムは、一企業のビジネスに好循環を生むだけでなく、地場産業全体を底上げする効果も期待できる。

地域経済に詳しい、東洋大学の中村郁博教授は「消費者が現場を知ることで製品に対する情緒価値が生まれる。工場は消費者の反応を直接確認することで新たなニーズを発掘できる。また地域で取り組むことでお互いの技術を知り、新たな複合的なものづくりの可能性が広がる」と説明する。

無名の産地に若者客呼び込む

長崎県波佐見町では2月、波佐見焼の窯元など10の事業者の製造現場を見て回るクラフトツーリズムのイベント「波佐見焼の舞台裏」が開催された。波佐見焼は分業の生産体制を取っており、参加者は焼き物の型づくり、器の基本となる生地づくりなどの工程をじっくり見て回った。

長崎県波佐見町の西海陶器が傘下の窯元で行う工場見学の様子=菅敏一撮影

このエリアでは問屋やメーカーによるクラフトツーリズムの取り組みは早く、約20年前からさまざまな形で取り組んできた。その理由は波佐見焼の歩みとつながっている。

波佐見の窯業の歴史の始まりは16世紀末に遡るとされるが、江戸時代は伊万里焼として、その後、明治に入ると有田焼として出荷してきた。著名な産地に近く、自身のブランドを持たない状況が長かった。

2000年代に入り産地ブランドの厳格化が進む中、「ブランドゼロのところからブランドをつくる」(同町で陶磁器製品の企画・卸売りを手掛ける西海陶器の小林善輝常務)取り組みが始まった。地場企業などを中心に「グリーンクラフトツーリズム研究会」が発足。周囲の産地が現場に部外者を入れない中、表に出てこない技術も含めて紹介し、観光的な体験にしてもらう取り組みを始めた。

製造現場の公開は特定の日に行う会社が多いが、常時受け入れる会社もある。西海陶器の傘下の窯元もその1社で、窯元の敷地では宿泊施設の建設も進める。「焼き物はろくろでつくるイメージを持つ人が多いが、波佐見焼では産業的なつくり方の中に手作業が入っている」(小林氏)。見学者からは「本当の焼き物のつくられている姿が分かった」「通常では見られないところを見学できた」と言われることが多いという。

クラフトツーリズムに早くから関わる西海陶器の小林善輝常務=菅敏一撮影

周辺には製陶工場の跡地に雑貨店、カフェなどを集めた施設もあり、研究者の調査では、他の産地に比べると若者客の訪問比率が高い。クラフトツーリズムを原動力の1つにしながら、ブランドを持たなかった産地が人気エリアに生まれ変わっている。

クラフトツーリズムの場合、発注先との関係などから製造現場をオープンにすることが難しいケースが多々ある。だが、工夫次第でできることはある。

眼鏡の産地として知られる福井県鯖江市。フレームメーカーだけでなく、部品メーカー、加工会社、製造機械や道具をつくる事業者なども立地。同市周辺を含むエリア全体が「大きな眼鏡工場」となっており、国内の眼鏡フレーム製造の95%をこのエリアが占める。

ただ、このエリアはOEM(相手先ブランドによる生産)が中心であり、現場を見て回ってもらうのが難しいところが多い。眼鏡の製造には200工程以上あるが、特に部品メーカーや表面処理加工会社などは技術を広く知ってもらう機会がない。産地であっても各社の取り組みは消費者になじみが薄く、福井県眼鏡協会(福井県鯖江市)は眼鏡の総合イベント「めがねフェス」を毎年同市で開催し、産地のファンづくりを進めてきた。

福井県眼鏡協会が主催する「めがねフェス」の様子

10回目の23年は製造現場や技術を詳しく知ってもらうため、会場に新たに「メガ展」ゾーンを開設。製造に関わる企業18社が出展し、会場で加工を再現したり、来場者に体験してもらったりしながらそれぞれの取り組みを分かりやすく伝えた。

「地元でも加工の工程や技術精度の高さなどを知らない人は多い。製造現場の担当者を通じてメード・イン・ジャパンの眼鏡の品質の高さ、価値を理解してもらう」と「めがねフェス」実行委員長の佐々木英二氏は狙いを話す。出展企業はクイズやゲームも取り入れ、楽しみながら産地のコアなものづくりを知ってもらう工夫を盛り込んだ。

「めがねフェス」実行委員長の佐々木英二氏=山岸政仁撮影

23年のイベント期間中には、なかなか実施が難しい工場見学のツアーも、参加者を「眼鏡関連の企業関係者以外」に限定する形で実施した。一般向けには初めて公開する工場もあり、参加者はフレーム加工やレンズ加工の工場3カ所をバスで回った。「機械作業と同時に手作業も多い製造現場を見てもらったほか、加工のたびに検品や強度検査を繰り返す工程など産地の製造の取り組みを知ってもらえた」(佐々木氏)

こうした取り組みもあって、23年のめがねフェス全体の来場者数は2日間で約2万人と過去最高となった。今後も製造現場の技術などをさまざまな工夫で伝えながら産地ブランドの発信力を高めたい考えだ。

イベント参加者が移住し、職人に

産地で各企業を回るクラフトツーリズムの先駆けとなったのが、新潟県燕三条地区の「燕三条 工場(こうば)の祭典」だ。

金属加工が集積する同地区にある工場などを一斉に開放して製造現場を見て回るイベントで、13年にスタート。前身のイベントがあり、当時一部の工場で見学の希望者が増えていたことが追い風になった。

参加企業の1社、鎚起(ついき)銅器の玉川堂(新潟県燕市)番頭の山田立氏はかつて、「燕三条 工場の祭典」の実行委員長を務めた。山田氏は「周囲に特別に風光明媚(めいび)なところはないし、町工場が観光の資源になると地元では誰も思っていなかった。自分たちには当たり前でも、見学者にとってはものづくりワンダーランドだと次第に気付き、毎年バージョンアップを重ねた」と振り返る。

玉川堂番頭の山田立氏はかつて「燕三条 工場の祭典」実行委員長を務めた=栗原克己撮影

バスツアーをスタートさせ、ガイド本づくりにもチャレンジした。参加企業から募るスタッフはイベント開始10年の節目を契機に世代交代を意識的に進めた。11回目となった23年は87の企業などが参加し、開催した4日間で約3万人の参加者を集めた。

「百聞は一見にしかず。実際に体ごと現場に入り込み、五感を使ってものづくりの現場を体感していただくことで、お客様にも受け入れ側の企業にもさまざまな変化を促している」と山田氏は話す。

燕三条周辺の場合、クラフトツーリズムはイベントの開催時以外にも広がる。かつて見学を受け入れる工場は3社ほどだったが、最近は25社ほどまで増えている。産地全体のブランド力や発信力は高まりファンづくりが進むほか、イベント参加を機にこの地のものづくりに関心を持ち、移住して職人になる人もいる。働く職人のモチベーションは高まり、ここでも長い目で将来ものづくりの担い手となる子供が関心を持つ効果も期待する。

クラフトツーリズムを目指す工場、産地は今後も増加が見込まれ、東洋大学の中村氏は今後について「ベースにあるのがものづくりである以上、各社、産地は技術を継承・発展させる取り組みが一層重要になる」と話している。

(日経ビジネス 中沢康彦)

[日経ビジネス電子版 2024年3月21日の記事を再構成]

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