「日本は全固体電池や水素技術など世界のトップ水準で、学ぶところが多い」と話す国軒高科創業者の李縝氏(写真:北山宏一)

独フォルクスワーゲン(VW)の出資を受けた中国車載電池大手の国軒高科(ゴーション・ハイテク、安徽省合肥市)がグローバル化を加速させている。世界の電気自動車(EV)販売は減速が目立つが、欧州や北米で電池の現地生産計画を進める。創業者である李縝(リ・シン)董事長に電動化需要の行方や海外戦略について聞いた。

◇    ◇    ◇

――EV市場の成長率が鈍化し、EVシフトにブレーキを踏む自動車メーカーも出ています。国軒は欧米で投資を続けていますが、市場動向をどう見ていますか。

「市場の成長過程でスピードが落ちている可能性がありますが、これは短期的な傾向だと考えています」

「成長鈍化にはいくつか背景があります。製造コストが低く、エネルギー効率が高い次世代型の全固体電池の登場を皆が待ち望んでいるように、電池技術の進化には一定のプロセスがあり、まだ進化の途中です」

「EVの充電スタンドにも課題が多く、ガソリンスタンドの利便性には到底及びません。例えば(中国で増加している)電池交換式の充電スタンドも、車メーカーごとの互換性など解決すべき問題が多々あります。電池のコストがエンジンよりまだ高いのも、EVが自家用車として普及するのを妨げてきました」

(写真:北山宏一)
李縝(リ・シン)氏
国軒高科董事長。1990年代から中国安徽省合肥市傘下の都市開発企業のトップとして、インフラ整備を担当。市内に設置された太陽光照明灯の電池の耐久性が低いことを痛感した経験をきっかけに電池ビジネスに乗り出した。2006年に国軒高科を創業。

「しかし、EV市場が中長期的に拡大するという、全体的な方向性に大きな変化はないと考えています。技術の発達とともに電池のコスト競争力は向上しています。電池の原材料となる資源価格は2023年にかけて高騰しましたが、現在は大幅に下がっています」

電池向けの資源採掘は減っていく

――何が起きているのでしょうか。

「地球上のリチウムが不足しているのではなく、当時高騰していたのはリチウムを加工する工場が不足していたからに過ぎません。生産サイクルに乗せるための工場建設には約2年かかるのです」

「リチウムなどの資源は有限だと一般に考えられていますが、私は早くて20年後、遅くとも30年後には電池製造に必要な原材料の7〜8割はリサイクルから得られると見ています」

「地球から採掘しなければならない資源の量は残りの2割程度に抑えられるでしょう。電池を構成する材料は全て高価な宝の山です。リサイクル技術が確立すれば、電池のコストは最終的に製造と回収にかかるコストだけになり、大幅に下がります」

「人類が火を発見した第1次エネルギー革命、化石エネルギーを利用する第2次エネルギー革命を経て、現在は再生可能エネルギーを主力とする第3次エネルギー革命の時代に入りました。再生エネや燃料電池、蓄電池を組み合わせた動力源が主流になる時代です」

「20年前、電池の研究開発に携わる人は世界に1万人もいませんでしたが、現在は1000万人以上と推定されています。米国の『インフレ抑制法(IRA)』や欧州連合(EU)の『電池リサイクル規制』に見られるように、世界中がこの分野で産業育成を目指し研究開発を強化しています」

「当社も世界で存在感を高め、新技術や手法を通じてエネルギー革新に貢献したいと考えています」

全固体電池の開発進める

――世界では車載電池の主流は「三元系」ですが、中国製EVの成長を支えているのは高価なニッケルなどを使わない後発のリン酸鉄リチウムイオン(LFP)電池です。電池の技術進歩の行方をどう見ていますか。

「国軒はLFP電池の技術に関しては世界トップといえます。LFP電池の方が今は技術進歩のスピードが速いため(中国では)三元系より優勢ですが、エネルギー密度が高い三元系も将来的にはもちろん重要です」

「さらにその先の半固体電池、全固体電池に向けた技術開発も進めています。目指す方向は電池メーカー各社で共通しています。(電解質に半固体状の物質を使い、安全性が高い)半固体電池については、国軒はすでに市場に投入しています」

「電池の生産技術は大規模化してどんどん簡単になり、競争力のカギとはなりません。技術力の核となるのは電池の材料技術とデジタル技術です。国軒では約7000人の研究開発人員のうち、約3000人が材料技術に携わっています」

「また、材料から製造過程までをデータ化して市場投入後も管理することで、安全性を確保することが可能です。基礎分野での挑戦もまだ多く、米国やシンガポール、日本などの研究機関や大学と幅広く連携しています」

米国での投資計画は「順調」

――国軒は20年にVWから約26%の出資を受けました。恩恵はありましたか。

「国軒はオープンな会社です。競合相手よりもグローバル化で比較的進んでいるといえます。VWによる出資を受けたことで同社の電動化計画の一部を担い、グローバル化が加速しました。VW流の熟練したマネジメント方法を導入したほか、品質管理や製造技術の水準も大きく改善しました」

「国際的な信用力も国軒が海外進出する上で一助になっています。VWが伝統的な自動車の開発手法を持つ一方、新興企業である国軒は先進的な電池技術を持ち寄るという協業関係を築いています」

――米国ではイリノイ州で電池工場を計画しているほか、ミシガン州に電池材料工場を設けることも表明しています。米国は経済安全保障の観点から中国に対して強硬路線を取っていますが、計画に影響はありますか。

「米国での計画は順調です。VWが筆頭株主であることも一つの要素である可能性があります。米国には米国なりのやり方があります。ある産業の発展段階で、異なる見方や意見が出るのは当然のことです。双方のコミュニケーションを深め、共同で電池産業を成長させるという共通認識をつくることが重要です」

「電池はエンジンと比べて重量が重いため、地産地消の動きが加速すると見ています。大手自動車メーカーの生産に合わせて、電池メーカーがグローバル化する動きは必然といえます。電池メーカーも今後さらに数が減り、大企業に集約されていくでしょう」

日本車への電池搭載に期待

――国軒は茨城県つくば市に研究開発拠点を構えています。日本での事業展開について計画はありますか。

「日本の技術水準は世界トップレベルで、電子工学の開発力やイノベーションでは最先端を走っています。現在進行中のエネルギー革命においても、日本は全固体電池や水素の領域などで先頭集団となるでしょう。基礎技術で学ぶところは多く、私も毎年人をたくさん連れて日本に来ています」

「色々な日本企業と協業について対話していますが、日本は中国と比べて人件費が高く、電池製造のサプライチェーン(供給網)がまだ完全ではありません。産業転換がこれから進むことを期待しています。将来は日本車に国軒の電池が搭載されれば、国軒にとっても大きな一歩になります」

「全固体電池に関しては、(日本勢が実用化の目標としている)28年ごろに量産を始めることは難しいでしょう。本格的に市場に登場するのは30年と見ています。全固体電池の登場によって、エネルギー密度や安全性の問題はほぼ解決できます」

米国事業の成否カギに


 国軒高科は中国でヒットした上汽通用五菱汽車(ウーリン)の超小型EVに電池を供給していることで知られる。
 韓国の調査会社SNEリサーチによると車載電池の搭載量で世界9位、中国では4位と中堅メーカーだが、いち早く海外展開を進めてきた。筆頭株主であるVWのお膝元ドイツでは自動車部品大手ボッシュの工場を買収し、23年に電池工場を稼働させた。
 欧州、米国のほかベトナム、インドネシアにも電池や電池材料の生産拠点を設ける計画だ。22年にはスイスで上場を果たした。みずほ銀行ビジネスソリューション部の湯進主任研究員は「欧州色を強め、脱中国のイメージをつくろうとしているのかもしれない。ほかの中国電池メーカーと異なり、海外展開しやすい立ち位置にある」と指摘する。
電池の現地生産開始を受けて独ゲッティンゲンで開いた式典(23年9月、写真:国軒のウェブサイトから)
 世界の車載電池のシェアで過半を握る中国勢は、中国国内の電動化需要を背景に供給量を増やしてきた。国軒のライバルたちも一段の受注拡大を狙い、海外市場での工場建設に乗り出している。世界首位の寧徳時代新能源科技(CATL)はドイツで量産を始め、ハンガリーでも大型工場の新設計画を進める。
 中国勢にとって、壁となるのは経済安保上のリスクだ。米共和党の議員らは国軒について「中国共産党の支配下にある」と主張し、米国での2つの投資計画を差し止めるよう米政府に要求している。
 CATLが米フォード・モーターに技術供与する形で建設予定の米工場は、米国内での批判を受けて建設中断に追い込まれている。電池の一大生産拠点となる見通しの米国投資の成否が、海外戦略を大きく左右することになる。

(日経ビジネス 薬文江)

[日経ビジネス電子版 2024年3月15日の記事を再構成]

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