「日本の農業従事者は高齢者を中心に減っていますが、就農を目指す10代、20代といった若手は増えています。例えば、2015年に20〜24歳は約6500人でしたが、20年には25〜29歳が約1万1000人でした。この世代の農業従事者は5年間で約4500人増えていることになります」
こう指摘するのは、日本総合研究所創発戦略センターのコンサルタント、多田理紗子氏。こうした背景には、農業高校などで農業を学んだものの即戦力ではなかった若手農業従事者を強力に支援するツールがあるといわれている。数年前から、クボタなど大手農業機械メーカーが展開しているスマート農業だ。
スマート農業のツールには例えば、事前にルートなどを設定すれば自動で圃場を耕すクボタのロボットトラクター「アグリロボトラクタ」や、農業機械とICT(情報通信技術)を利用して作業・作物データを収集・活用する営農支援システム「クボタスマートアグリシステム(KSAS)」などがある。
ロボットトラクターなど農機の自動化には、3つの段階がある。第1段階では、走行や作業部の操作などを人が主体に担い、農機が一部のハンドル操作などを補助する。第2段階では、自動走行・自動作業など農作業の主体は自動運転農機になる。ただ人が圃場の近くにいるか、自動運転農機に搭乗して周囲の安全や作業状態を監視する必要がある。そして第3段階になると人は遠隔地からモニターなどで監視していればいい。ちなみに、クボタを含む農機各社の製品は現在、第2段階まで市場に投入されており、第3段階はまだ開発中だ。
営農を支援するKSASは、圃場を5〜20m四方のメッシュ単位で管理する。メッシュ単位の収穫量や食味、生育などのデータを見ながら、圃場全体の収穫量向上や食味の改善を進めることができる。農作業の状況(施肥量や作業経路など)、作物の情報(生育状況や食味、収穫量など)をGPS(全地球測位システム)による位置情報を関連付けてマップ化。パソコンやタブレットの画面上でデータを確認しながら対策を講じることが可能だ。
KSASの会員数は、18年の6700人から年々増えており、23年には2万6400人まで拡大している。同年1月には大幅にリニューアルし、使い勝手を改善。新しい機能として気象データを基に積算温度を自動で計算してくれるシステムを追加した。例えば稲作では、穂が出てきたタイミングを入力しておけば、おおよその刈り取り時期を予想できるようになった。
「農機操作だけなら、おおむね1年で一人前」
スマート農業を使うと「若手農業従事者でも1年目で70点、2年目で一人前に近い農作業ができるようになる」と、日本総研創発戦略センターエクスパート(農学、科学技術イノベーション)の三輪泰史氏は解説する。実際にそうなのか、農業に取り組んでいる農業法人の経営者や若手農業従事者に話を聞いた。
「農機の操作だけでいえば、(スマート農業の活用で)おおむね1年あれば一人前になると思います。ただし、生産管理とか、農業経営まで含めると、やはり5年は必要だと考えています」。こう話すのは、福島県南相馬市で農業法人、紅梅夢ファームを運営している佐藤良一代表取締役。
佐藤代表は専業農家の9代目で、農業一筋に40年従事してきたベテランだ。その佐藤代表は過去をこう振り返る。
「私が住んでいる場所(南相馬市小高区)は東京電力福島第1原子力発電所から約13キロの地点にあり、11年3月11日に発生した東日本大震災発生および原発事故によって5年7カ月も人が住めないといった状況が続いた。しかしながら、翌12年から、水稲の試験栽培を農林水産省に掛け合ってやらせていただいた。そして試験栽培、実証実験を経て16年夏に帰宅困難地域の指定が解除され、17年1月にこの会社(紅梅夢ファーム)を立ち上げたという次第だ」
中堅の農業従事者が戻れず、若手を育成
佐藤代表は農業法人を立ち上げたものの、避難のために南相馬市を出て行った中堅の農業従事者が戻って来られないという事態に直面。そこで、若手を育成していくという考え方に切り替えた。
「若い人を即戦力にするのは難しいので、18年に発売された自動運転システムを搭載したロボットトラクターの導入をきっかけにKSASを入れることにした」という。当時はロボットトラクター『クボタSL60』がまだ日本に数台しか導入されていない状況だった。「ロボットトラクターを上手に効率よく使っていく上ではKSASが必要になるだろう」と見て佐藤代表は導入を決めた。
現在、紅梅夢ファームのスタッフは佐藤代表を除いて12人。最高齢は41歳で最年少は20歳だ。スタッフの平均年齢は23〜24歳と若い。ちなみに40代が2人、30代が1人、残りは20代前半だ。
KSASのデータ管理などを担当しているのは、入社5年目の鈴木ふみか氏。地元の県立相馬農業高校を卒業後、すぐに紅梅夢ファームに入社した。高校時代は、生産環境科という農業を専門に学ぶクラスに所属し、米や芋、大豆といった主食になる作物の栽培について学んだ。「例えば、お米の栽培方法については、農家さんほどではありませんが、ある程度身に付いている」と鈴木氏は話す。
鈴木氏は紅梅夢ファーム入社の経緯についてこう説明する。「私の家は、震災以前は兼業農家。祖父と祖母がお米を作っていましたし、家庭菜園程度に野菜も作っていた。原発事故によっていろいろな活動が制限され、農作物が何年も作れず農地が荒れていく姿を見て『このままもう農業ができないのかな』と感じていた。農業が再開できるようになっても、祖父母が年を取ってしまい、一緒に農業をやっていた近所の方々もいなくなってしまった」
「農業をやることで地元を活性化したい」
「震災が起きた時に私はちょうど小学3年から4年に上がる時でしたが、私の中で『自分の手で農業を復興させるのだ』という強い思いが芽生えていた。頑張って農業を再開しようとしている人々をメディアで拝見し、『大変だな』と思うとともにあこがれていく自分がいた。農業が好きだし、こういう人たちのようになりたいと思い、農業高校に進学した。『地元で農業をやりたい。農業をやることで地元を活性化したい』と感じるようになり、紅梅夢ファームに入社することにした」
今後KSASには、人工知能(AI)を活用した機能を追加する計画がある。収集した過去のデータをAIが分析することで、様々な課題に対してどんな手を打ったらいいのか、分かるようになるという。経験が浅い若手農業従事者にとっては心強いツールだ。スマート農業の進化が若者を圃場に呼び戻し、日本の農業を再興できるか。食料自給率の改善に向けた切り札が徐々に存在感を高めている。
(日経ビジネス 多田和市)
[日経ビジネス電子版 2024年3月14日の記事を再構成]
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