オーシャン・ネットワーク・エクスプレスのモニターに映し出された船舶の運航状況

「原料パスタの輸入がスエズ運河運航不可の影響により遅れており、現在品薄になっています」

北海道地盤のコンビニエンスストアチェーン「セイコーマート」。いつもなら商品棚に数多く展開されるはずの人気総菜「Secomaナポリタンスパゲティ」に異変が起きたのは2024年1月下旬だった。

「お客様へのお詫び」と題した商品棚の張り紙は「品切れの際は、ご容赦いただけますようお願い申し上げます」と続いており、一部のSNSでは騒然となった。2月下旬時点で、札幌市内の店でも商品がほとんど並んでいない時がある。

こだわりの太麺、調達難に

ナポリタンスパゲティは税込み138円と値ごろで、リピーターも多い。セイコーマートを運営するセコマ(札幌市)は昔ながらのナポリタンの味を再現するため、イタリア産の太麺を自社で仕入れて使ってきたが、中東情勢の悪化に伴ってこのパスタの輸入が遅れるようになり、需要に見合う材料を確保できなくなったという。

北海道のコンビニチェーン「セイコーマート」では人気商品「ナポリタンスパゲティ」が品薄になった(写真:船戸俊一)

セコマは「スパゲティシリーズ」と銘打ち、138円で多彩な味をそろえているが、イタリア産パスタを使っているのはナポリタンスパゲティのみ。他はすべてトルコ産が原料で、今のところ在庫が残っているため問題はないという。

セコマは欧州産ワインなども自前で仕入れて安価に販売。こうした独自に開拓した調達ルートが大手コンビニとの違いを際立たせ、日本生産性本部によるコンビニ部門の顧客満足度調査で8年連続の首位に輝く原動力の一つとなってきたが、深刻化する海の物流危機がその強みを脅かしている。

危機の発端は23年10月だ。イスラム組織ハマスがイスラエルを奇襲攻撃し、両者の戦闘が激化した。すると紅海に面したイエメンでハマスとの連帯を掲げる反政府勢力「フーシ派」が呼応。紅海周辺での軍事活動を活発化させた。そして同11月19日、日本郵船が運航する自動車輸送船が拿捕(だほ)された。

「このエリアの海上輸送全体に影響が出るかもしれない」。郵船と商船三井、川崎汽船の海運大手3社が定期コンテナ船部門を事業統合して17年に誕生したオーシャン・ネットワーク・エクスプレス(ONE)。和気航志郎シニア・バイス・プレジデントは、このニュースに衝撃を受けた。

コンテナ船はパスタなどの加工食品から日用品、工業製品などを運ぶ海上貨物輸送の主役。特に紅海を通り、エジプトのスエズ運河から地中海に抜けるアジア〜欧州間の航路は海上輸送の大動脈だ。

和気氏の懸念は現実のものとなり、情勢はその後さらに悪化。ドローンやミサイルによる船舶への直接攻撃も相次ぐようになった。ONEは23年12月19日、アジアと欧州などを結ぶ船舶について紅海の航行を停止すると発表した。

軌を一にして、世界の海運大手が一斉にスエズ運河・紅海の回避に動いた。コンテナ船データを分析するシンガポールのポートキャストによると、24年に入ってスエズ運河と紅海の訪問船舶数は、それぞれ23年夏の4分の1〜3分の1前後に激減している。

「紅海封鎖」の影響を受ける荷主は冒頭のセコマだけではない。食品や飲料を欧州から輸入する事業者では事態の長期化とともに納入の遅れが目立ち始めている。

自動車業界ではスズキのほか、スウェーデンのボルボ・カー、米電気自動車(EV)大手のテスラが部品不足によって、欧州の工場で生産の一時停止に追いやられた。

喜望峰回りで21日多く航海

代わってアジア〜欧州の主要航路となりつつあるのが、アフリカ南部の喜望峰を回る迂回ルート。23年末以降、訪問船舶数が昨夏の3倍前後に跳ね上がっている。

「普段は、こんなに多くの船がここを通ることはありません」

2月上旬、シンガポールにあるONEの本社オフィスを訪れると、モニターに映し出されたアフリカ大陸西岸を指さしながら、社員が運航状況を説明してくれた。

紅海にはコンテナ船が見当たらないのに対し、アフリカ西岸には喜望峰と欧州を往来する船が並び、大陸の東側ではインド洋を横切るようにアジア方面と喜望峰を行き来する船が列をなしていた。

ONEは2月16日までに、全178隻がスエズ運河を通るルートを変更した(提携船社の運航分を含む)。全230隻規模というONEの船舶数と照らし合わせると、影響の大きさが分かる。アジア〜地中海の1往復にかかる日数は約21日、アジア〜北欧州・北米東岸航路は約14日延びている。

船とコンテナが複雑なネットワークを形成している海上輸送。欧州とアジアの往復日数が延びれば、船のダイヤが乱れるだけでなく、コンテナの回送にも影響が出る。2月の下旬ごろから、運航を休止する週が発生したり、地域によっては空のコンテナが不足傾向になったりといった影響が出てきている。

配船や荷主との契約、コンテナの積み込みの調整などの機能を担うONE本社では、船舶のオペレーションについて毎日会議が開かれる。和気氏は「物理的にできることは限られているので、お客様のご理解を得ながら対応していくしかない」と話す。

スエズ・パナマ同時機能不全

海運会社や荷主にとって、もう一つ「頭の痛い問題」(和気氏)がある。太平洋と大西洋をつなぐパナマ運河の水不足問題だ。同運河はスエズ運河と並ぶ海上輸送の要衝だが、パナマでは23年から歴史的な干ばつが続き、運河の水位が低下。船の通航量を制限するという事態に発展した。状況は改善傾向にあるが、なお完全に回復はしていない。ONEは2月16日までに、パナマ運河を通過予定だった38隻のルートを変更している(提携船社含む)

ONEの和気航志郎氏は喜望峰への迂回について、「安全が確保されたと確信できるまで」と話す

過去にも中東情勢の悪化や船舶の座礁などによってスエズ運河が通航できなくなることはあった。ただ「パナマとスエズが同時に使えなくなるのは、両運河が開通してから初めて」(海運業界に詳しい拓殖大学の松田琢磨教授)

影響は甚大だ。まず、一つひとつの航海が長期化すればコンテナの需給逼迫を招く。運河を迂回すれば通航料が浮く一方、航路が延びて燃料費はかさむ。市況によっては海運会社のコストを大きく押し上げる要因になりかねない。それが輸送運賃に転嫁されれば、輸入食品などの価格を押し上げ、企業業績や消費全体に波及する。

現に、中東情勢の悪化後はコンテナ船運賃が上昇した。英ドゥルーリーがまとめている中国・上海発オランダ・ロッテルダム行きのコンテナ船運賃(40フィートコンテナ1個当たり)を見ると、23年10月末に約1000ドルだったのが、24年1月に5000ドルに迫った。新型コロナウイルス禍で8倍以上に跳ね上がった「コンテナバブル」ほどではないが、わずか3カ月で5倍という急上昇ぶりだ。影響は米ニューヨーク行きなどにも及ぶ。

コンテナ船運賃は市況による変動が大きく、高い運賃を支払うことをいとわない荷主がいれば、運賃はみるみるうちにつり上がっていく。「海運有事」が発生すると運賃の上昇を通じて海運会社の業績は改善し、株価も上がる。ただ海運会社の現場に、運賃上昇を歓迎するムードはどこにも漂っていない。

ONEはコロナ禍の21〜22年度に317億ドル(約4.7兆円)という空前の税引き後利益をたたき出したが「もうかってよかったね、という雰囲気は全くなかった。どうやって船を少しでも早く回そうか、コンテナをどう調達しようか、などという議論ばかりしていた」(和気氏)。足元の状況も同様で、いかに荷主への影響を抑えるか、試行錯誤が続く。

地政学リスクや気候変動のリスクは今後も絶えることがない。台湾有事や水不足の長期化、原油相場の急な変動――。企業の国際的なサプライチェーン(供給網)を脅かす要素は枚挙にいとまがない。

拓殖大の松田氏は企業の対応として「在庫を厚くしたり、拠点の分散などで『サプライチェーンを短く』したり、といった対応が想定できる」と話す。海運有事は物流のレジリエンス(強じん性)をどう保つかという大きな問いを荷主企業に突きつけている。

(日経ビジネス 松本萌、日経BPロンドン支局 酒井大輔)

[日経ビジネス電子版 2024年3月12日の記事を再構成]

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